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「ムゥ~~ッ!! フゴムゴォ! ングゥ~ッ!」 部屋に響くのはギーシュのくぐもった声であった。 言い訳や状況説明をする暇なくルイズによって簀巻きにされ、 DIOに足首を掴まれて逆さ吊りにされているのだった。 口には猿ぐつわがしてあり、何を言っているのか明瞭ではない。 ルイズはギーシュの足を持っているDIOの上着をまさぐり、 ナイフを一本取り出した。 そして、逆さ吊りで視界が反転しているギーシュに視線を合わせるため、 ヤンキー座りになった。 豚でも見るかのような冷たい目で、 ルイズはギーシュの横っ面をナイフでペチンペチンと叩いた。 ナイフに嫌な思い出があるのか、 それを目にした途端ギーシュは激しく身を捩った。 「これどうします、姫様? なますにしてラグドリアン湖にバラまきますか?」 「フ、フガッ…!?」 まさかの死刑宣告である。 かろうじて自由な目をせわしなく動かして、ギーシュが呻いた。 アンリエッタは事の展開のあまりの早さに、 頭がまだ追い付いていなかった。 いきなり生死の審判を委ねてくるルイズが、 純粋に怖かった。 今ルイズがギーシュに向けている目に、 見覚えがあったからであった。 まだ二人が幼かった頃だった。 ルイズは侍従のラ・ポルトに、 時折りあんな目を向けていた。 ラ・ポルトは魔法の使えないルイズを『ゼロ』『ゼロ』と 散々陰で馬鹿にしていたのだった。 ……そういえばラ・ポルトは宮中を去った後、 プッツリと消息を絶ってしまっている。 元気にやっているであろうかと、アンリエッタは少し気になった。 しかし今重要なのは、目の前で逆さ吊りになっているメイジを どうするかということである。 死の恐怖にガタガタと震ている姿は、 痛ましくて見るに耐えない。 その光景が、部屋を訪れたときの自分と重なり、 アンリエッタはギーシュに同情せざるを得なかった。 「あ、あのルイズ。 もうそのあたりで許してあげては……」 ルイズはギロリとアンリエッタの方に振り返った。 腰が抜けてしまいそうなほどの威圧感だったが、 なけなしの勇気を振り絞って、アンリエッタはルイズを見返した。 数瞬の沈黙の後、ルイズはつまらなさそうに DIOに目配せをした。 「ブギャッ!!」 DIOがパッと手を離し、ギーシュの頭が床に墜落したのだった。 そしてルイズは無造作に、手にしたナイフをギーシュに向けて投擲した。 ギーシュに突き刺さるかと思われたナイフはしかし、 紙一重でギーシュを避け、彼を拘束していたロープを切断した。 こうしてようやっと束縛を解かれたギーシュは、 覗き見をしたことを必死で謝罪した。 『薔薇のように見目麗しい姫様のお姿に心奪われ、 ついつい後をつけ、覗き見をしてしまった』 要約するとこんな感じである。 ……つまり、アンリエッタの変装がチャチだったのが原因だった。 しかし、まさかギーシュ如きに一発で見抜かれてしまうほどだとは。 ルイズは頭が痛くなってきた。 これではもうどうしようもない、こいつも連れていくしかない。 もしギーシュを学院に残したら、口の軽いこいつのことだ、 ペラペラと話してしまうに違いない。 はぁ、御荷物が増えた…… とルイズは胃がキリキリする思いだった。 しかし、アンリエッタに巻き込まれる犠牲者が また一人増えただけなのだと考え直すことにした。 ルイズは健気で前向きな少女だった。 「姫様、致し方ありません。 この者も同行させます。 名はギーシュ・ド・グラモン、『土』のドットメイジにございます」 「グラモン? あの、グラモン元帥の?」 ギーシュは慌てて立ち上がり、一礼した。 「ありがとう。 お父様も立派で勇敢な貴族ですが、 あなたもその血を受け継いでいるのですね。 では、お願いします。 この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん」 「姫殿下が僕の名前を呼んで下さった! 姫殿下が! トリステインの可憐な華、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んで下さった!」 ギーシュは顔を真っ赤に赤らめて、 感動のあまり後ろに仰け反って失神した。 やれやれこいつアンリエッタに惚れたのか、 とルイズは推察した。 しかし、こいつはちょっと前に浮気騒ぎを起こしたばかりの、 札付きの信用無しである。 その被害を被った女生徒の一人……モンモンだったか、確かそんな名前だった…… は、最近になってようやく立ち直ったとか。 いっそ去勢でもした方が学院の、引いては人類の平和に繋がるんじゃないかと思って、 ルイズはチラッとギーシュの切ない部分に目をやった。 もちろんわからないようにしたつもりだが、 薄ら寒いものを感じたのか、ギーシュの肩が若干震えた。 ルイズは気を取り直してアンリエッタに向き直り、 話を進めることにした。 「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」 「了解いたしました。 以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、 地理には明るいかと存じます」 「旅は危険に満ちています。 あなた方の目的を知ったら、アルビオンの貴族達は ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」 アンリエッタは真剣な眼差しをDIOに向けた。 「頼もしい使い魔さん。 よければお名前を教えて下さい」 声を掛けられDIOはしかし、アンリエッタを一瞥しただけで、 彼女の言葉を無視した。 意外な反応に、アンリエッタは怪訝な反応をした。 気まずい沈黙が場を支配し始め、ルイズは慌てた。 「こ、こら、姫様の御言葉よ! ちゃんと名乗りなさい!」 ルイズの命令を受けて、DIOは小さな声で名乗った。 「……DIOだ。 そこのルイズの執事の真似事をやっている」 声を聞いて、ルイズはDIOの機嫌がよろしくないことを悟った。 ルイズにしか分からないくらいの変化だったが、 確かに、DIOの声は不機嫌そうだった。 何故だろうとルイズは疑問に思った。 しかし、アンリエッタはそれに気付かず微笑んだ。 「わたくしの大事なお友達を、これからもよろしくお願いしますね」 民衆に見せる営業スマイルでにっこりと笑ったアンリエッタは、 そのままルイズの椅子に座った。 そして、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、 さらさらと手紙をしたためた。 アンリエッタは、自分が書いた手紙をじっと見つめた。 やがて決心したように頷き、末尾に一行付け加えた。 密書だというのに、まるで恋文でもしたためたようなアンリエッタの表情を、 ルイズは怪訝に思った。 しかし自分がとやかく言う領分ではないので、 ルイズはだんまりを決め込んだ。 巻いた手紙に封蝋をなし、花押を押して、 アンリエッタは手紙をルイズに手渡した。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。 すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜き、 これもルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。 せめてもの御守りにこれを。 路銀が心配なら、売り払って旅の資金にあてて下さい」 無自覚トラブルメーカーであるアンリエッタの私物を頂戴したとあって、 ルイズはこっそり嫌そうな顔をした。 厄介事を招き寄せる呪いでも掛かっていそうだ。 彼女の言う通り直ぐに売っ払ってしまおうかと、 ルイズは思った。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。 母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風を、 幻影のように鎮めて下さいますように」 アンリエッタは静かな祈りを捧げた。 ―――――――――― 朝靄の中、ルイズ一行は馬に鞍をつけていた。 いつもの制服姿だが、長時間の移動に備えて乗馬用のブーツを履いているルイズ。 密命に燃え、気合いの入ったセンス最悪の衣装に身を包んだギーシュ。 デルフリンガーを背に、ハートの飾りが頭に光るDIO。 そして…………いつものメイド服姿で、 当たり前のようにDIOの代わりに雑務をこなしているシエスタ。 ついてくる気満々である。 ルイズは乗馬用の鞭を片手に、 腰に手を当ててシエスタを睨みつけた。 「なんであんたがここにいるわけ? 今回ばかりは引っ込んでなさい、事情が違うわ」 苛立ちも露わに言い放つルイズだが、シエスタは涼しい顔で一礼した。 これ見よがしに胸が揺れる。 ルイズの顔面の青筋が増えた。 「旅の間、DIO様の御世話をさせていただきます。 光栄なことに、DIO様より直々の指名をたまわりました」 何とDIOの命令らしい。 ルイズは即座に、その怒りの矛先をDIOに向けた。 しかし、ルイズが怒り出すのは承知の上なのか、 ルイズが口を開く前にDIOが理由を説明した。 「ルイズ。見誤っているようだから言っておくが、 私はまだ万全ではないのだ。 降りかかる火の粉を払うのに、余計な労力を消費するわけにはいかん」 ぐっ……とルイズは言葉に詰まった。 確かに、付き合いが浅いので正確には知らないが、シエスタは有能だ。 匂いで分かる。 少なくともギーシュの百倍は役に立つだろう。 しかし、ルイズにはシエスタのあの澄ました態度が 癪に障って仕方がないのだ。 頭では納得できても、割り切ることは出来ないものがある。 そしてシエスタもまた、ルイズの内心を悟っているかのように、 鋭くルイズを射抜いた。 「……失礼ですが、ミス・ヴァリエール。 私は、例え仮初めといえども貴女がDIO様の主人であるなどと、 認めてはおりません」 それっきりシエスタはルイズに背を向けて、自分の仕事に戻った。 一瞬何を言われたのか分からず、キョトンとした顔をしたルイズだったが、 見る見るうちにその顔に黒い怒気が浮かんだ。 「……あぁ? 今、なんつったの?」 肩を掴んで、シエスタを無理やり自分の方に向かせるルイズ。 しかし、ドスの利いた声でシエスタに詰め寄っても、 顔面がぶつかるくらいに近寄ってメンチをきっても、 シエスタは眉一つ動かさない。 「貴女には主人としての資格などありませんと、 申し上げたのです」 使い魔の主人である資格が無いなどと言われることは、 貴族の沽券に関わる問題である。 決して聞き逃すことの出来ない侮辱であった。 ルイズは片手でシエスタの胸倉を掴み上げた。 片手であるにも関わらず、 シエスタの足は地面を離れた。 だが、それに怯むことなく、シエスタもルイズに牙を剥く。 「URYYYY……!!」 「KUA ッ!!!」 一触即発の状態で、二人はバチバチと火花を散らした。 事の成り行きを見ていたギーシュには、まさか口出しなんて出来るはずもない。 彼は必死で目を合わせないようにした。 あんな連中に、自分の使い魔を連れていってもいいか などと聞けるはずもない。 ギーシュは自分の使い魔を連れていくことを渋々諦めた。 しかしこの修羅場な空気を断ち切る存在が現れた。 ルイズの横の地面がモコモコと盛り上がり、 茶色の大きな生き物が顔を出したのだ。 血で血を洗う肉弾戦に突入しそうな勢いだった二人は、 突如現れたその生き物に目を向けた。 その茶色い生き物は、ギーシュの使い魔のヴェルダンデであった。 「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」 自分が溺愛する使い魔の登場に、ギーシュは感極まった声を上げた。 それとは対照的に、ヴェルダンデを見る二人はどこまでも無言だった。 その激しい温度差に、ギーシュは気づかない。 「あんたの使い魔って、ジャイアントモールだったの?」 場の流れを無理やり変えられて、ルイズが不機嫌そうに聞いた。 主人のもとに駆け寄ったヴェルダンデを抱きしめながら、 ギーシュは目を輝かせた。 「そうさ、僕の可愛い使い魔のヴェルダンデだ! ああ、ヴェルダンデ! 君はいつみても可愛いね!!」 暫く主人の熱い抱擁を受けていたヴェルダンデだったが、 やがて鼻をひくつかせた。 くんかくんかと匂いを探るヴェルダンデは、何故かルイズ…… 正確には、ルイズの右手の薬指に光る指輪……に狙いを定めた。 ヴェルダンデは宝石が大好きなのだった。 だからこそ、『土』系統であるギーシュにとっては最上の協力者であった。 つぶらな瞳を輝かせて、ヴェルダンデはルイズに突撃した。 ルイズは自分めがけて走ってくるモグラを無感情に見下ろした。 「それ以上近づいたら蹴るわよ?」 モグラ相手にバカみたいだが、ルイズは一応警告した。 しかし、やはりモグラがその突進を止めることはなかった。 「あはは、噛みつきやしないさ。 とっても賢いやつなんだ!」 気さくな笑みを浮かべるギーシュ。 やがて距離が縮まり、一直線に駆けたヴェルダンデは、 そのままの勢いでルイズの胸に飛びつこうとした。 ―――が 「フンッ!!」 "ボギャア!"という鈍い音と共に、ルイズの膝蹴りが ヴェルダンデのアゴに炸裂した。 勢いがついていた分、ダメージは相当のものだった。 ヴェルダンデはもんどり打って倒れ、ピクピクと痙攣し始めた。 愛する使い魔に対するあんまりな仕打ちに、 ギーシュはプッツンした。 「な、なにをするだァーーーッッ! 許さんッ!」 懐から、杖として使っている薔薇の造花を取り出して、 ギーシュは鼻息荒く目を血走らせた。 この場で決闘でも始めかねない剣幕だ。 「警告したでしょうが。 殺さなかっただけ感謝しなさいよ」 だが、ルイズはそんなギーシュを宥めるどころか、 逆に挑発したのだった。ルイズはシエスタとの一件で、まだ気が立っていた。 そんなルイズに対する怒りで身を震わせるギーシュは、 何の躊躇もなく薔薇を振った。 薔薇の花弁が二枚宙を舞い、たちまちそれは青銅で出来たゴーレム、 『ワルキューレ』に姿を変えた。 ギーシュの十八番、錬金であった。 「け、け、けっけっけっ決闘だァ! このビチグソがぁあああッッ!!」 錯乱状態のギーシュが薔薇を振るうと同時に、二体のワルキューレがルイズに踊り掛かった。 to be continued…… 52へ 戻る 54へ
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武器店からでてくるルイズとDIOを、見つめる二つの影があった。 キュルケとタバサだ。 先程店内から爆発らしき物音がしてから、キュルケはあたふたとしていたが、 店から出てきたルイズは別段異常はないようだったので、ホッと一息ついた。 「ルイズったら、武器なんか買い込んでどうする気かしら…」 キュルケはその場を行ったり来たりしながらボヤいた。 一方のタバサは先程からルイズの後ろに従って、剣を担いでいるDIOに目が釘付けだった。 風竜のシルフィードは、暇そうに高空をぐるぐる回っている。 もう、これ以上つけまわす必要は無さそうだ ―――本を両手で胸に抱えて、タバサはそう考えた。 『土くれ』のフーケとやらが暴れ回っている近頃では、貴族がその従者に武器を持たせるのが流行っている。 ルイズもご多分に漏れず、その流行に乗ったという所なのではないだろうか? 確かに、DIOを観察するのは重要事項とは思うけれど、四六時中目を離さずにいろというのも無理ってモノだ。 タバサは独り頷いて、学院に帰るべくキュルケを説得しようと思った。 その時、 黙々と城下町を歩いていたルイズとDIOが突然立ち止まった。 2人の顔が、同時にグルンと振り向かれ、タバサを捉えた。 赤色と鳶色の目で射竦められ、タバサはその小さな体を強ばらせた。 バ、バレてた…………! 本を抱える両腕に力がこもる。 息を詰まらせ、タバサは2人と数瞬視線を交わらせた。 (……『見て』いるわね?) ルイズがタバサを指差した。 遠くなので声が届くはずもなく、ルイズの唇の動きだけで、タバサはルイズの言葉を知る。 タバサはジリジリと後ずさった。 (…………無駄無駄) 軽やかな口振りでそう言うと、ルイズはもう興味がないという風にフイと視線を戻した。 暫くしてDIOもそれに従った。 再び歩き始め、近くの服屋に消えていった2人を見届けて、タバサはようやくその体を動かす事ができた。 もう一秒だってここにはいたくない。 振り返って、まだ行ったり来たりしているキュルケに呼びかける。 「キュルケ……!」 「あ、あら何タバサ? そう言えば、ルイズ達は何処行ったの?」 のん気そうにルイズの次の行き先を尋ねるキュルケだったが、タバサはそれを無視して、キュルケを街の外れまで無言で引っ張った。 「ち、ちょっと、タバサ…!まだ尾行は終わってないわよ…!?」 「退却!」 名残惜しそうに街の方を見つめるキュルケだったが、珍しく必死な様子を見せるタバサに、グチを言いつつも振りほどけないでいた。 タバサはそのまま指笛を吹いて、シルフィードを呼びつけると、キュルケと共にその背に跨り、 逃げるようにしてブルドンネ街から飛び去った。 余りに慌てていたのか、キュルケが一瞬シルフィードから転げ落ちそうになった。 シルフィードの背びれにもたれながら、タバサは、DIOから四六時中目を離さずにいられるような方法を真剣に考え始めていた。 シルフィードの飛んだ後の空には、一本の白い筋が尾を引いていた。 to be continued…… 33へ
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オスマンとコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、互いに沈黙した。 気まずい空気の中、コルベールが震えながら何かを言おうとする前に、オスマンが言った。 「勝ったのは、ミス・ヴァリエールの使い魔じゃったな」 「オ、オールド・オスマン……私には、まだ自分の目が信じられません…」 「ほぅ。ならば、そんな役立たずな目は、早めに抉ってしもうた方がよいのぅ。ミスタ・コルベール」 「い、いえ…そんな…!私はただ、平民がメイジに勝ったという事実に…」 「平民?平民じゃと?お主はアレをまだ人間じゃと思うとるわけか?」 オスマンの目が、コルベールを射抜いた。 「切られた腕を再生させ、青銅のゴーレムを砕き、挙げ句グラモンの血を吸うたアレを、人間と呼ぶか。 お主も痛い目を見た口じゃろうに。 ますますもって役立たずじゃのう、お主の目は」 コルベールは萎縮した。 オスマンは、フンと鼻息を荒げた。 「しかしのぅ、あの化け物の左手のルーン…。 ワシも長年を生きてきたが、とんと見当がつかぬ物じゃったわ。 ミスタ・コルベール。お主も見たな?早々に調べておくのじゃ」 ---まさか、ルーンまで見過ごしておったのではなかろうな、と言うオスマンに、コルベールは慌てて首を横に振った。 これ以上失態をさらせば、本当に目を抉られてしまうと、コルベールは思った。 「し、調べて参ります…!」 コルベールは早急に学院長室から退室した。 オールドオスマンは、そんな彼を見送りもせずに、秘書のミス・ロングビルを見た。 オスマンとコルベールのやり取りを、見ない振りをして書類仕事をしていたロングビルは肩を一瞬 震わせた。 「ミス・ロングビル」 「…はい、学院長」 努めて普通にロングビルは答えたつもりだが、その内心はオスマンには筒抜けだろう。 「お主もみたじゃろう。さっきの戦いを。 ……ワシの目には、奴が瞬間移動をしたようにしか、思んのじゃが…意見を聞かせてもらえるかのぅ、ミス・ロングビル」ロングビルは、ペンを机の上に置くと、オスマンに答えた。 「いいえ…オールド・オスマン。私にも判りかねます。ただ、瞬間移動したとしか」 「…そうか。あいや、ただ聞いてみたかっただけじゃ。気にすることはない」 オールド・オスマンは、机からパイプを取り出して、火をつけた。 2・3回プカと煙を口から吹いた後、オスマンは言葉を続けた。 「ミスタ・コルベールの手伝いをせい、ミス・ロングビル。 あの足では書物の捜索は難儀じゃろう。 それと……」 ロングビルは椅子を引いて立ち上がり、オスマン の次の言葉を待った。 「……あの化け物に、内々に目を配っておけ」 ロングビルは頷いて、学院長室から出ていった。 コルベールと書物を漁るのは退屈だが、学院内を歩き回る良い口実を得たので、ロングビルは満足した。 全くエラいところに潜り込んでしまったものだと、しかし、ロングビルはため息をつくのを止められなかった。 オールド・オスマンは、誰もいない学院長室内で、一人立ち上がって『遠見の鏡』を再び見た。 鏡には、見知らぬルーンの刻まれた左手を血に染めたDIOが、悠々と広場を立ち去るところが映されていた。 オスマンはその様子を見て、鷹のような目を、ますます鋭くさせた。 「DIO………DIOか。このトリステイン魔法学院の内憂とならねばよいがのぅ……そうなった場合、もみ消すのも一苦労じゃ」 ---その時だった。 鏡の中で、背中を見せて歩いていたDIOが、突如素早く振り返り、こちらを睨んできたのだ。 DIOの真紅の目が、オスマンをしっかりと捉えている……少なくともオスマンはそう感じた。 流石のオスマンも、この時ばかりは心臓が止まるかと思った。 『遠見の鏡』が気づかれるなんて、有り得ないことだった。 あまつさえ自分と目が合うとは---だがオスマンはこの後、心底驚愕した。 鏡の中のDIOは半身になって、血に染まる左手で顔を隠し、右手で此方を指差した。 『………貴様、『見て』いるな……!?』 DIOの言葉にオスマンの思考が反応する前に、鏡に巨大な人影がいっぱいに映し出された。 人と言うには余りにも巨大なそれは、その巨体に見合う…いや、過剰な筋肉を有していた。 腕は丸太のように太く、脚はそれよりもっと太いそれは、全身が白いせいか、石でできたような印象を受ける。 鏡に突如映し出されたその巨人は、右腕を振りかぶると、その大砲の弾のような拳を轟と振り下ろした。 "ガシャアァアアン!!!"という高い音を響かせて、『遠見の鏡』は、粉々に砕け散った。 破片がオスマンに襲いかかり、オスマンは慌ててローブで己の身をかばった。 全く予想外のことで、杖を振る暇もない。 机の下で眠っていた、オスマンの使い魔であるネズミのモートソグニルが、チュウチュウと鳴いた。 破片が飛び散り終わると、オスマンは恐る恐るローブから顔を出した。 見るも無惨な姿を晒す『遠見の鏡』を見て、オールド・オスマンはうろたえた。 「…おぉ……これは…なんとしたこと…」 オスマンは、あの化け物が、自分の思っていた以上にとんでもない存在であることを痛感し、ただ呆然と、割れた鏡を見つめた。 鏡の修復には、かなりの時間が必要になりそうだった。 その費用を瞬時に頭の中で目算し、オールド・オスマンはただただ頭を抱えるばかりだった。 to be continued …… 27へ
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翌朝、何とか動けるようになったロングビルを御者役に、一行は出発した。 馬車といっても、屋根のない、荷車のような馬車である。 襲われたときに、直ぐに迎撃出来るようにとのことだ。 その馬車の上、ルイズは歯ぎしりをし、 かつてないほどの憤りを感じていた。 何たってこんな事になったのか…………馬車に乗っているのは、 ルイズを含めて、四人に増えてしまっていた。 ルイズと、DIOと…………キュルケとタバサだった。 早朝、馬車を待っている2人の前に、 何処から聞きつけたのか、オスマンとともに表れたのだ。 「この2人は、そなた同様、 フーケ拿捕に、貴族の誇りをかけると申しておる。 同行させるのじゃ」 そういうオスマンに対して、まさかNOと言えるわけがない。 ルイズに選択肢は無かった。 結局、ルイズの返答を待つことなく、2人は堂々と馬車に乗り込んだのだった。 「なんであんたがここにいるのよ、 ツェルプストー」 カッポカッポと馬車が行く音が森に広がるなか、 唇を軽くへの字に曲げて不満を漏らしたルイズに、 キュルケはその炎のような髪をかきあげた。 「ふん。 ヴァリエールに抜け駆けなんて、させないわよ。 うわさはとっくに学院中に広まってるわ。 それに、首尾良くフーケを捕らえれば、名を上げることができるのよ? ベストチャンスじゃない! ヴァリエールにはもったいないくらい」 ルイズは顔をしかめた。 どうやら2人はフーケを生かして捉えるだけのつもりらしい。 しかし、ルイズはフーケを殺害しに行く。 つまり、板挟みの形になる。 あちらが立てばこちらが立たずだ。 まいったことだと頭を悩ませながら、ルイズはその視線を、 キュルケの隣で黙々と本を読んでいる青髪の少女に移した。 その身長よりも大きな杖が印象的だ。 「で、なんでこの子までついてきてるわけ?」 ルイズの質問に、タバサがついと顔を上げて、 キュルケを指差した。 「心配」 一言そういうと、タバサは再び本を読み始める。 タバサが口数の少ない子であることは、 ルイズもある程度分かってきていた。 だから、その簡潔きわまりない返事に対して、イラつくようなことはしなかった。 しかし、このタバサという少女、馬車に乗ってからというものの、少々挙動不審であると、ルイズは感じていた。 本を読んでいるだけかと思ったら、時々顔を上げて、 DIOの方をチラチラと窺っているのだ。 まさかあのメイドみたいに手込めにしたのではないかと、 ルイズは一瞬冷や冷やしたが、どうやら違うようである。 DIOを見るタバサの目は、脅威と興味がない交ぜになったようなそれであり、 少なくとも好いた惚れたといったものではないことがわかる。 ならば、タバサがいくらDIOに気を向けようが、それはルイズの口を挟む領分ではない。 一方のDIOはと言えば……普段と変わらない。 体格上の理由から、馬車の一番後ろに陣取ることになったDIOは、 ルイズがせっかく買ってやった平民用の普段着を着ることなく、例の如く上半身裸だ。 出発の時、ルイズはこの事にかなりお冠だったが、DIOは一向に聞く耳を持たなかった。 これこそ自分のスタイルだと、言わんばかりだ。 確かに、半裸のDIOは、精密な彫刻のようである。 繊細ながらも力強さを感じるDIOの肉体には、男も女も持ち得ない、 奇妙な色気を感じる。 ほとんど四六時中行動を共にしているルイズにとってはたまったものではないが、 時間が迫っていたせいもあり、嫌々…本当に嫌々ながら放置することにした。 久方ぶりにルーンに魔力を注いでやろうとも思ったが、 この旅の終わりには、フーケが待ちかまえているのだ。 どうにも出来なかった。 精神力の消耗は、極力避けねばならないのだ。 DIOのベルトと、深緑色のズボンの両膝とに輝く、ハートマークの飾りが憎らしい。 そのDIOの足下には、以前買った剣が2本とも、無造作に転がっていた。 DIOによると、2本とも持ってきたのは、 片方を『予備』にするためらしい。 つまり、どちらかが折れてしまうかもしれないという事だ。 一体どちらがポッキリ逝ってしまうことになるのか、ルイズは楽しみだった。 ルイズの視線は、デルフリンガに一点に注がれていた。 ―――と、馬車でのぶらり旅が退屈になってきたのか、キュルケが、 さっきから何も話さずに手綱を握るロングビルに話し掛けた。 「ねぇ、ミス・ロングビル………、怪我をしてらっしゃるんだから、 手綱なんて、付き人にやらせればいいじゃないですか」 単純な親切心から出たらしいキュルケの言葉に、ロングビルはにっこりと笑った。 「いいのです。この方が、フーケの隠れ家までの距離が、よくわかりますの。 それに、わたくしは、貴族の名を失くした者ですから」 キュルケはキョトンとした。 ロングビルは、オールド・オスマンお抱えの、有能な秘書である。 そんな彼女が、貴族でないとは、一体どういうことだろうか? ロングビルの話によると、 オールド・オスマンは、貴族や平民といった事柄に、拘らない人なのだそうだ。 曰わく、 『ワシは、厳しい。 しかし平等主義者じゃ! 差別は許さん。 貴族、平民、王族、亜人、エルフ……etc. ワシは差別をせん。 全て、平等に価値が『無い』!!!』 だそうである。 あのオスマンなら、もっともなセリフだと、その場にいた4人は妙に納得した。 興味をそそられたのか、キュルケは少々突っ込んだ話をし始めた。 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 貴族の名を失うことになった過程を聞こうというのだ。 ロングビルは困ったような微笑みを浮かべた。 言いたくないのだろう。 「いいじゃないの。教えてくださいな」 キュルケは興味津々といった顔で、ロングビルににじり寄った。 いい加減見ていられなくなったのか、そんなキュルケの肩を、ルイズが掴んだ。 キュルケはルイズの方に振り返ると、思いっ切り嫌そうな顔をした。 「なによ、ヴァリエール。 お呼びじゃないわ」 キュルケは聞き入れそうにもないが、注意せずに放っておくのも酷だと、ルイズは思った。 「よしなさいよ。昔のことを 『根掘り葉掘り』 聞くなんて………」 何の気なしに口にしたルイズの言葉に、タバサの体がビクンと跳ね上がった。 突然のタバサの動きに、2人はさっきまでの会話をすっかり忘れて、タバサの方を向いた。 見ると、タバサは顔を真っ赤にして、何かを口走ろうとしている自分を必死に抑えているようであった。 それでも無表情なのが逆に怖い。 「タ、タバサ………?大丈夫……?」 ただならぬ様子に、恐る恐るといった感じでタバサに話し掛けるキュルケ。 ルイズはというと、何が起きているのか、サッパリわからず、ポカンとしていた。 しばらく経った後、タバサがふぅと一息ついた。 ゆっくりと2人を見るタバサは、普段と全く変わりがない。 いつも通りだ。 「……なんでもない」 ポツリと呟いたタバサだったが、その言葉には、何も聞くなというような、変な迫力があったので、 2人はその言葉を鵜呑みにするしかなかった。 タバサは再び読者に勤しみ始めた。 ルイズは話を戻すことにした。 「とにかく、人が聞かれたくないことを、無理やり聞き出そうとするのは、 良くないと思うわ!」 ヴァリエールに対する反発心から、キュルケはルイズを軽く睨んだ。 「暇だから、お喋りしようと思っただけじゃない」 「ゲルマニアはどうだか知らないけど、トリステインでは、恥ずべきことなのよ」 キュルケは無言で足を組み、イヤミな調子で言い放った。 「ったく、大体あんた、どうしてフーケを捕まえようなんて思ったわけ? あんたのほうこそ、名誉が欲しいんじゃないの?」 ウシシと笑うキュルケに対して、ルイズは真顔になって答えた。 「私には、どうしても殺らなきゃならない理由があるわ」 キッパリと、突き放すように言うルイズに、キュルケは半信半疑な目を向けた。 「でも、あんた、いざフーケが現れたら、どうせ後ろから見てるだけでじゃないの? そこのDIOに全部まかせて、自分は高見の見物。 でしょ?」 2人は同時に、DIOを見た。 DIOは、移り変わる景色をただただ暇そうに眺めているだけだ。 ルイズは腕を組んだ。 「誰が逃げるものですか。 私も、魔法を使って何とかしてみせるわ」 「魔法? 笑わせないでよ。 あんなのは魔法じゃなくて、ただの爆発よ!爆発!」 当初の話題はどこへやら、 火花を散らす2人は、ギャーギャーと口げんかを始めたが、馬車が森のより深い場所へと入っていくと、 段々静かになっていった。 鬱蒼とする森は、昼だというのに薄暗く、気味が悪い。 ある程度まで進むと、ロングビルが馬車を止めた。 「ここから先は、徒歩で行きましょう」 ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。 森を通る道から、小道が続いている。 「えっらく暗いわね……」 キュルケの呟きが、森に吸い込まれて消えていった。 森を進む一行は、開けた場所に出た。 森の中の空き地といった風情だ。 真ん中に、廃屋があった。 ロングビルによると、あれがフーケの隠れ家……らしい。 五人はむこうから見えないように、森の茂みに身を隠したまま、廃屋を見つめた。 人の住んでいる気配は全くない。 ルイズ達は、ゆっくりと相談をし始めた。 あーでもないこーでもないと策を練った結果、 タバサの案が採用される事となった。 『まず、偵察兼囮が、小屋に出向いて、中の様子を確認。 フーケが中にいれば、挑発して誘き出す。 そこを魔法で叩く。』 奇襲戦法であった。 集中砲火で、フーケを沈めるのだ。 「で、その偵察兼囮はだれがやるの?」 キュルケが尋ねた。 タバサは無言でDIOを指差した。 全員が一斉にDIOを見つめた。 DIOはため息をついた。 「………私か」 タバサがコクンと頷いた。 「いいじゃない。 名案だと思うわ。 というわけで、DIO、行ってきなさい」 DIOは丸腰のまま、気だるげに立ち上がった。 そして、スタスタと小屋まで近づくと、確かめもせずに小屋の中に入った。 4人は息をのんで見守っていたが、暫くすると、DIOが小屋から出てきた。 誰もいなかった時のサインを出すDIO。 全員が茂みから出て、小屋に歩み寄った。 「誰もいないな」 DIOがそういうと、ディテクトマジックを使って罠がないことを確認したタバサが、 小屋の中へと足を運んだ。 キュルケはなぁーんだと、拍子抜けしたような声を出した。 小屋に入ったキュルケとタバサは、フーケの残した手がかりを探し始めた。 DIOは、自分の仕事は終わりとばかりに、 部屋に突っ立っているだけだ。 家捜しを続ける2人だったが、やがてタバサが1つのチェストの中から……、 なんと、 『破壊の杖』を見つけ出した。 「破壊の杖」 タバサは無造作にそれをもちあげると、皆に見せた。 「あっけないわね!」 キュルケが叫んだ。 DIOはというと、タバサが抱える『破壊の杖』見た途端に、 訝しげな表情をした。 ロングビルと一緒に、小屋の外で待機していたルイズは、 『破壊の杖』発見の報告を受けて、眉をひそめた。 おかしい。 ロングビルの話では、フーケは罠を張って待ちかまえているというではないか。 魔法学院に忍び込み、宝物庫を破るほどの実力の持ち主。 恐らく、自分たちが森に入ったことなんか、とっくにお見通しだろう。 なのに、こうもやすやすと破壊の杖を渡すとは………。 これも、いや、ひよっとしたら、これこそが罠、か? それにしてもリスキーに尽きるだろう。 フーケの意図を読みかねて、ルイズはうむむと唸った。 ロングビルは、いつもの柔らかなものとは全く異なる鋭い視線で、小屋の様子を慎重に窺った。 3人とも、破壊の杖に目が釘付けだ。 次いで、ルイズを見た。 ルイズはロングビルに背を向けて、うむむと唸りながら、思案に耽っている。 ロングビルには目もくれておらず、自分の世界に入り込むルイズを見て、 ロングビルは薄く笑った。 今、彼女は完全にフリーだった。 自分の作戦がうまくいったと確信したロングビルは、喜びもそこそこに、 最後の詰めを行うため、コッソリと茂みの奥へと足を運んだ。 ――――その時だった。 突如何者かが、 "グワシィ!!!" と、凄まじい勢いで自分の肩を掴んだのだ。 ロングビルの体はまるで、『固定化』の魔法でもかけられたかのように、 硬直してしまった。 ……………まさか? いやいやいやいや、そんなバカな。 彼女と自分は、さっきまで、たっぷり15メイルは離れていたはずだ。 彼女であるはずがない。 では、今、自分、の肩、を、掴んで、いる、の、は……………………誰、だと、い、う、の、か? ゴクッと唾を飲む。 ロングビルは意を決して後ろを振り向いた。 「どこに行くのかな?かな?」 笑顔のルイズが、そこにいた。 to be continued…… 39へ
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「……一体、これはどういう事だ?」 場所は『女神の杵』亭の中庭。 かつては貴族たちが集まり、トリステインの王が閲兵を行ったという練兵場跡で、ワルドはDIOと向かい合っていた。 しかし、ワルドが決闘に備えて緊張した趣であるのに対し、DIOはいつもと変わらない佇まいである。 何よりの違いは、DIOの放つ空気だった。 決闘などする気など全く感じられない、緩かな雰囲気。 その代わりに、DIOの隣に立つ一人の少女が、全身に闘気を纏わせているではないか。 これでは、まるで少女の方が決闘に臨むかのようである。 「ワルド、来いって言うから来てみれば、そのメイドとチャンバラする気なの?」 思ったことをそのまま述べたのは、ルイズであった。 彼女はこの決闘の介添え人として、ワルドに呼び出されたのであったが、 早い時間に起こされた彼女は、機嫌がよろしくなかった。 遊んでる場合じゃないでしょうが……と、じと目で呟くルイズに、ワルドは慌てて否定した。 「いや、ルイズ待ってくれ。これにはちょっとした事情が……!」 「うむ、子爵の言う通り。やむにやまれぬ事情があるのだ」 ワルドの台詞を横取りする形で、DIOが言った。 上手い言い訳が思いつかないワルドにとっては、ありがたい横槍と言えた。 しかし、DIOに出しゃばらせるのは癪と思うワルドは、即座に抗議の声を上げた。 「使い魔君……レディを代理に立てた挙げ句自分は高みの見物とは、紳士としてあるまじき振る舞いだぞ。 君には、男としての名誉を尊ぶ精神が無いのか?」 『名誉を尊ぶ』などという建て前が、ワルドの口から出た途端、ルイズは吹き出しそうになってしまった。 あのDIOが、そんな使い古された常套文句にいちいち反応するなんて有り得ないと、痛いほどに分かっていたからだった。 それを証明するかのように、DIOは薄く笑った。 猫がネズミをいたぶる時のような彼の笑みの意味を、ルイズはこれまたよく分かっていた。 「勿論これにはきちんとした理由がある。 私としても、子爵と剣を交えるのはやぶさかではないのだが、生憎と、今の私は療養中の身なのだ。 子爵が退室した後に思い出したのだが、過度に飛んだり跳ねたりする真似は絶対にするなと、 私は医者にキツく言われていたのだよ」 本当に悲しそうな顔をして、釈明を始めるDIO。 嘘八百とはこの事ね、とルイズがぼやいた。 しかし、その声は小さく、その場にいた者に聞かれることはなかった。 DIOの説明は続く。 「しかし、それでは折角私の部屋に出向いてまで決闘を申し込みに来てくれた子爵に対して、礼を失することになってしまう。 そこで、彼女を代理に立てるという形で、子爵の礼に最大限応えようという結論に達したわけだ。 断腸の思いだった。 私の腕前を子爵に披露することが出来ない無念を、『紳士的に』理解してくれると有り難いな、子爵。 だが、安心してくれ。 代理とはいえ、彼女の腕前は確かだ。私が保証する」 「しかし、う………むぅ…」 立て板に水を流したようなDIOの説明に、ワルドはすっかり閉口してしまった。 これでは、当初の計画における目的が、十分に達成できない。 今無理やり場の流れを変えようとしても、白々しく映ってしまい、ルイズの心証を悪くしてしまう。 最早ワルドに選択の余地はないのだが、それでもワルドは諦めきれなかった。 目の前に悠然と佇むあの男、どう見てもそんな重傷患者には思えない。 ワルドはそこを突いてみることにした。 「り、療養中といったね、使い魔君……。 ならば、今この場でその証拠を見せることは出来るかい?」 ワルドの最後の足掻きに対して、DIOは無言で己の首筋を見せつけた。 自然と、その場にいた人間の視線を集めることになる。 そこには、まるで一度切り落とした首を無理矢理肉体(ボディ)と繋ぎ合わせたような生々しい傷跡が、くっきりと刻まれていた。 「船の爆発事故に巻き込まれた時の傷だ。 似たような傷が、体中至る所にある」 やや忌々しげに傷の説明を加えるDIOに、ワルドはとうとう諦めた。 こうなった以上、自分にとって出来る限り最善の結末を迎えることを狙わうしかないと、ワルドは自分の心を切り替える。ルイズがいる手前、無様な姿だけは決して見せられない。 「うう、む…………仕方あるまい。 レディ相手に杖を振るというのも気の進まない話だが……」 内心の決心とは裏腹に、取り敢えずの躊躇いを見せるワルドに対して、シエスタは律儀に答えた。 「余計な心配でございます。 DIO様はわたくしに『一切を任せる』と仰いました。 従って、子爵様。大変畏れ多いことですが、わたくしをDIO様と思ってお相手をなさって結構でございます」 そう言いつつ、シエスタは懐から何やら取り出して、己の両拳に嵌めた。 今回は剣は使わないらしい。 金属で作られているのであろうソレは、昇りきった朝日の光を照り返し、ギラリと危険な輝きを放っている。 一見すると連なった四連の指輪のようにも思えるが、どうやらアレが彼女の武器のようだ。 魔法衛士隊隊長であるワルドですら、見たことの無い一品である。 拳で握り込む物であるらしいことだけは見て取れた。 だが彼に限らず、魔法を使うメイジ達には、ソレが何なのかを知る機会など皆無であっただろう。 ソレは魔法の使えない平民の武器であった。 ソレは、人々から煙たがられるゴロツキ達にとって、また、拳で語る漢達にとっての心強い味方。 その名をメリケンサックといった。 一度それを手に嵌めれば、使い手のパンチ力を反則的なまでに引き上げてくれる素敵アイテムである。 ましてやシエスタは、『固定化』の魔法をかけられた壁を素手で破壊する腕力の持ち主(ワルドは知らないが)。 そんな彼女がメリケンサックを嵌めたとなれば、その威力たるや、五臓六腑に響き渡るだろうことは想像に難くない。 運悪く脳天を直撃でもすれば、彼の頭蓋は地面に落としたワイングラスにも負けないくらい粉々に砕け散るだろう。 だが、彼女の怪力を今一つ実感することが出来ないワルドは、 どこか現実感の無い視線をシエスタに投げ掛けるだけである。 そんなワルドをよそに、シエスタは何度かメリケンサックの微妙な位置調整をした後、 両の拳を胸の前でガツンガツンと叩き合わせた。 見るからに闘志全開、意気揚々、殺る気満々という風情であった。 それもそのはず、彼女は自分の主の敵になる者は、例えお遊びであっても微塵の容赦もしないのである。 軽やかなステップと共にファイティング・ポーズを取ったシエスタは、視殺戦をワルドに仕掛けた。 真っ向から殺気を向けられて、相手が本気だとわかると、ワルドの顔が徐々に厳しいものになっていく。 「……なるほど、言うだけの事はあるな。 気迫だけはなかなかのものだ」 それは魔法衛士隊隊長としての、そして歴戦の戦士としての顔であった。 腰に下げてあった愛用の杖をやおら引き抜き、フェンシングの構えのように前方に突き出す。 「いざ、尋常に勝負といこう!!」 ワルドの掛け声を合図に、シエスタが地面を蹴り、流星のようにワルドに接近した。 (早い! ……が、直線的だな。 昨日の剣の使い方といい、やはりド素人か!) 凡そ華奢な少女の肉体では出せないほどのスピードにワルドは内心驚愕したものの、 長年の経験を生かし、顔色一つ変えずに迎え撃った。 ―――そう、迎え撃ってしまったのである。 得意げな顔をして杖を構え、衝撃に備えるワルドの姿を見て、ルイズは思わず叫んでいた。 「ワルド! 避けなさぁあああぁあい!!!」 だが、一足遅かった。 金属と金属がぶつかる鈍い音が響き渡り、火花が散った。 。 初合の勢いを殺しきれなかったのか、シエスタはバランスを崩して転倒してしまった。 ズザザーッ! と激しい砂埃をあげながら地面を滑るシエスタを、ワルドは油断無く見やる。 初撃をスマートに受け流す事が出来たとばかり思い込み、口端を吊り上げずにはいられなかった。 だが、転倒したシエスタに追撃を加えるために杖を振ろうとした時、彼は自分の右腕に起きた変化に気がついた。 ピクリとも動かない上に、右肩から先の感覚が全くないのだ。 恐る恐る自分の右腕を見る。 「おや?」 あらぬ方向にねじ曲がった右腕が、杖を握ったまま風もないのにぶらぶら揺れていた。 余りに想定外な出来事に、ワルドはどこか他人事のような顔をした。 しかし、徐々に右腕から走り出してくる激痛に、ワルドの意識は容赦なく現実に引き戻された。 「うおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおお!?!?」 すれ違いざまのシエスタの一撃は、杖による防御を無視して、ワルドの右腕を破壊していたのであった。 見慣れたはずの自分の腕が、目も当てられない醜い姿に変わり果ててしまえば、誰だって叫び声をあげるだろう。 それは、王宮ではいつも冷静沈着で通っているワルドですら例外ではなかった。 「あのバカ……どういう技なのか見切れないのかしら」 技も何も、実際の所シエスタは、ただ力任せにぶん殴っただけである。 別にワルドがとんでもなく浅慮だったというわけではない。 むしろ、右腕粉砕という程度で済んだワルドの肉体のタフネスを誉めてやるべきだった。 常人なら腕を吹っ飛ばされていたに違いないのだが、そんな言い訳はルイズには通用しない。 喉よ裂けろとばかりに叫ぶワルドに冷たい視線を送りながら、ルイズは呆れ半分、怒り半分と感じで呟いたのだった。 to be continued……
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(ちい姉さま……おかげで助かりました…!) ルイズは心の中で、久しく会っていない姉に感謝を捧げた。 心の中の姉は何故か "Oh, my GOD!!"と嘆いていた。 まだ何かやり足りなかったのだろうか? しかし、いつまでも値段交渉を続けていくわけにはいかない。 時間も無限でないし、このあとDIOの服を買いに行かねばならないのだ。 ルイズはそう判断すると、懐から小さな袋を取り出し、中に入っていた金貨30枚ばかしを机にばらまいた。 「これで、足りるかしら?」 オヤジは眉をしかめてズイと身を乗り出した。 「おいおい。冗談はよしこちゃんですぜ、貴族の旦那。それとも頭脳がマヌケになっちまったんで? あっしはエキュー金貨で千百五十って……」 ウンザリといった風でパイプを口に銜えなおしたオヤジだったが、机の上の金貨をメガネをかけてしかと見た途端に、オヤジの目玉が飛び出した。 「うお…うお…おっおっ。コイツは…これはぁあああ!!??」 ルイズは腕を組んだ。 「足りなかったかしら?」 「い、いぇ!滅相もございません! そりゃもう! しかし、こんなに頂いてしまって……よろしいんで? ニョホ!」 ルイズはコクリと頷いた。 (別にわたしのお金ってワケじゃないしね…) ルイズはオヤジの見えないところでペロッと舌を出した。 慌てて机の金貨をかき集めているオヤジを尻目ににルイズは剣を手に取ろうとしたが、乱雑に積み上げられた剣の中から聞こえた声に、手を止めた。 低い、男の声だった。 「おい、オヤジ…気を付けろ! そいつに剣を売っちゃあいけねえよ!」 「ヌムッ!?」 ルイズはキッと声のした方を睨んだ。 暇そうに店内をうろついていたDIOも、この場にはいない人間の声に、振り向いていた。 オヤジは頭を抱えた。 「『誰だ?』って聞きたそうな顔してんで、自己紹介させてもらうがよ。 おれぁおせっかい焼きのデルフリンガー! ここの古参でな。 オヤジが悪魔に手を貸そうとしてんで、口を挟んでみた!」 いきなり悪魔呼ばわりされて、ルイズは腹が立った。 しかし、声の聞こえてくる方には人影はない。 ただ、乱雑に剣が積んであるだけである。 「失礼ね!」 ルイズはドカドカと声のする方に近づいた。 剣の山に近づいたルイズは、しかし、後ずさった。 なんと、一本の錆の浮いたボロ剣が、柄の部分をパクパクさせて、声を発していたのだ。 「剣…が…喋ってるわ」 ルイズが呆けたように呟くと、オヤジが怒鳴り声をあげた。 「やい、デル公!お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」 ルイズは、その剣をジロリと見つめた。 さっきの大剣と長さは変わらぬが、刀身の細い、薄手の長剣だ。 錆が浮いてて、お世辞にも見栄えがいいとは思えない。 「オヤジ! 金に目が眩んでるようだから一つ教えてやるぜ! おれぁ長年を生き、いろんな悪党を見て来た。 だから、悪い人間といい人間の区別は『におい』でわかる!」 ルイズの目が、カッと見開かれた。 心なしか、冷や汗が流れているようだ。 デルフリンガーは、柄で器用に自分の周りの剣をルイズとDIOにむかって "ドガーーーーッ!"と弾き飛ばして叫んだ。 「こいつはくせえッーー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーッ! こんな悪(ワル)には出会ったことがねえほどなぁーーーッ!」 ルイズとDIOは飛び交う剣をヒョイヒョイとかわしたが、 罵詈雑言に傷ついたのかルイズは俯いていた。 デルフリンガーが続ける。 「ひ弱な貴族だと? ちがうねッ!! こいつらは生まれついての悪(ワル)だッ! オヤジ、こんなやつらに剣なんて売るなよ! 世の中が荒れるぜ!!」 ルイズは俯いたまま、プルプルと震えながら、呟いた。 「……これって…インテリジェンスソード?」 オヤジがビビりながら答えた。 「へ、へぇ、お嬢様。 こいつは確かに意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。 しかし、こいつはやたらと口は悪いわ、客に喧嘩を売るわで閉口してまして。 そこの鞘に収めれば静かに……ヒッ!」 ゆっくりと顔を上げたルイズを見て、オヤジが引きつった。 見ればルイズは、顔面に青筋をビクつかせながら、まさに悪鬼のような顔をして杖を取り出していた。 怒りで震える杖が、デルフリンガーに向けられている。 無言なままであるがゆえに、その威圧感は絶妙かつ絶大だった。 ルイズの杖が躊躇いなく振り下ろされ、"ドンッ!"と爆発が起こった。 だか、怒りで手元が狂ったのか、ルイズの魔法はデルフリンガーを直撃することなく、その代わりにすぐ横の剣が粉々に砕け散った。 オヤジはとっくの昔に机の下に避難していたので無傷だった。 爆風でデルフリンガーが宙を舞い、DIOの足元に転がった。 DIOが興味深そうに、足元から拾うと、デルフリンガーが嫌そうに喚いた。 「おでれーた。てめ、『使い手』か。悪魔の上に、使い手か! …世も末かね」 DIOはふむ、と唸り、デルフリンガーを一振りした。 ルイズは尚も収まりがつかないらしく、杖を再びデルフリンガーに向ける。 DIOごとふっ飛ばしかねない剣幕だ。 「DIO!そのクソをしっかり掴んでなさいよ! これからそのクソを、めたクソにしてやるわ! ガラスブチ割るみたいにねぇええ!」 今にも杖を振り下ろさんとするルイズに、DIOはさらりと言った。 「…これがいい」 「「え゛ッ!?」」 奇しくもルイズとデルフリンガーの言葉が被った。 それがますます気に入らなかったのか、ルイズはデルフリンガーを睨みつけたが、少し考えた後、深呼吸をして、黒い感情を鎮めることにした。 最近はどうもいけない。 DIOからの宣告を受けた後、ルイズは意識的に自分の感情をコントロールする術を身につけようと密かに決心していた。 DIOのいいなりでは、ご主人様としての面子が丸潰れであるし、何よりルイズのプライドが許さない。 ……ないのだが、最初からこれでは、悲しいやら、情けないやら。 自己嫌悪に陥ったルイズだったが、ひとまず理由を尋ねることにした。 「……なによあんた。趣味悪いわよ。 それに、もう剣は一本買ったじゃない」 「この剣は、さっき私のことを『使い手』と呼んだ。 何か知っているような口ぶりだ。 何か知っているかもしれない。 …ひょっとしたら、私がこの世界に来ることになった原因も。 ……………帰る手がかりも」 DIOは穏やかにデルフリンガーを見下ろして言った。 「どうしても気に喰わないとなったら、なぁに、それこそ改めて『めたクソ』とやらにしてやればいいのさ。 ……………ガラスブチ割るみたいにね」 DIOの言葉に、ルイズはさっきまでの怒りを一転させ、ニタニタと笑いながらデルフリンガーを見た。 デルフリンガーがカタカタと震えた。 「ちょ…まっ、やめ、やめて!ネッ!戻して!ネッ!ネッ! 止めよう!コラ!ネ、ネッ!」 ルイズはむんずとデルフリンガーをDIOからむしりとると、机の下で頭を抱えているオヤジに値段を聞いた。 華やかな笑顔だった。 ミシミシと柄が軋む音が響き渡り、デルフリンガーが声にならない悲鳴を上げた。 「へぇ、お代はもう結構で!へぇ!」 オヤジとしては、元々いい厄介払いだった上に、先ほどルイズが机にバラまいた金貨は、 デルフリンガーを勘定に入れても屁でもないくらいに高価なものだった。 この際オヤジは、2人にはさっさと帰って欲しかったのだ。 異様にヘコヘコするオヤジだったが、ルイズにとってはどうでもよかったので、散乱した剣の山からデルフリンガーの鞘を掘り返すと、過剰な力を込めてデルフリンガーをバチンと鞘に収めた。 ピタリと声がとまったことに、ルイズは少しだけせいせいした。 次は服だ。 もたもたしていられない。 ルイズはナイフの束とシュペー卿だかカペー朝だかが鍛えた剣と、デルフリンガーをDIOに放り投げて渡して、大股歩きで店を出た。 DIOもそれに続く。 2人が店を出た後、オヤジはホッとため息をついて呟いた。 「Oh, my GOD………」 to be continued…… 32へ
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重なりかけた二つの月が、科学の匂いを感じさせないハルケギニア大陸を仄かに照らす。 無事にラ・ロシェールに到着した一行は、ワルドの提案により、 その街で最上等の宿である『女神の杵』亭に泊まることとなった。 殆ど貴族達しか利用しないこの宿は、顧客層に合わせて、大層豪華な作りをしており、貴族達の自尊心を十分に満たすものであった。 その『女神の杵』亭のロビーの一角に、DIOはいた。 貴族の証であるマントを纏っていないにもかかわらず、使用人を従えているこの男の存在に、 他の客たちは揃って訝しげな表情をした。 しかし、それもほんの一時のことであった。 男の振る舞いが余りに堂々としていたことが、主な理由であった。 顔が映るほどピカピカに磨かれたテーブルを前にして、気後れするどころかふんぞり返るなんて、平民に出来るはずはなかったからだ。 テーブルに置かれたワインボトルが、DIOという存在感に軽いアクセントを加える。 周りの客達はそれぞれ、思い思いに想像を巡らせ、勝手に納得をしてその場を去ってゆくのであった。 そして、客達が納得をした理由はもう一つあった。 DIOの傍で、彼とは全く対照的な、暗鬱なオーラを全開にして突っ伏しているギーシュがそれであった。 もう何本も酒を飲んでいるのか、彼の周りには瓶が幾つも転がっていた。 マントを纏っていなければ、誰も彼が貴族であるなどと信じはしなかっただろう。 それくらい、ギーシュはやさぐれていた。 一体何が彼をそこまで追い込んでいるのか誰にも分からなかったが、 理由はどうあれ、彼が傍で情けなく酔いつぶれてくれていたこともあって、 客達はますますもってDIOの貴族性を認めるに至っていた。 夜も更けてゆくにつれて、徐々にロビーにいる人の姿が疎らになってゆく。 そんな『女神の杵』亭に、ワルドとルイズが帰ってきた。 桟橋へアルビオンへ向かう船の乗船の交渉に行っていた二人の顔は、一様に沈痛であった。 ルイズは不機嫌さを隠しもせずに、DIOのテーブルへと向かい、彼の反対側に腰を下ろした。 一つしか置かれていないグラスにワインを注ぎ、一息に飲み干す。 勿論それは、ついさっきDIOが使っていたグラスであった。 DIOの後ろで控えていたシエスタが、それを見てピクリと片眉を上げた。 しかし、シエスタはルイズを止めるには至らなかったし、ルイズもまた、そんなシエスタを無視した。 空になったグラスをテーブルに"ガン!"と叩きつけて、ルイズは溜息をついた。 「どうした、ルイズ。旅はいたって順調なのだろう。 何を浮かない顔をしている」 言葉とは全く裏腹な、冷ややかな笑みを浮かべているDIOに、ルイズはふてくされたまま何も答えない。 場を取り繕うように、ワルドが代わりに説明した。 「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうなんだ」 「全く話にならないわ! 急ぎの任務だっていうのに……」 二人の言葉に、キュルケは首をかしげた。 ゲルマニア出身の彼女は、アルビオンに関する知識をあまり持ち合わせていなかったのだ。 「あたしはアルビオンに行ったこと無いから分からないんだけれど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。 「明日の夜は月が重なるだろう。『スヴェルの夜』だ。 その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのだ」 つまり、明日丸一日は休めるということらしい。 自然と気が緩み、欠伸をしてしまうキュルケの内心を悟って、ワルドは頷いた。 「さて、来るべき戦いに備えて、今晩と明日はゆっくりと休息をとることにしよう。 部屋はそれぞれもう取ってある」 ワルドは懐から鍵束を取り出し、机の上に置いた。 「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとルイズの使い魔君が相べ…」 「DIO様の御部屋は、わたくしが別に御用意しております」 スムーズに事を運んでいたワルドの言葉に、シエスタが割り込んだ。 勝手に部屋を予約ししていたと聞いて、ワルドは戸惑った表情を浮かべた。 「しかしね、君……えぇっと、シエスタだったかね。残念だがそうはいかないよ。 いつまた賊どもが襲ってくるか判らないこの状況で、そんな勝手な真似を……」 「別に、御用意して、おりますので」 取り付く島もないシエスタによって、ワルドの言葉は再び遮られた。 彼女の言葉には、僅かながらも確かな怒りが表れている。 普段の無機質なシエスタらしからぬ剣幕に圧され、ワルドは肩をすくめるしかなかった。 ワルドに噛み付くそんなシエスタの様子を、ルイズはワインを飲みながらぼんやりと見ていた。 相変わらずDIOの事となると、梃子でも動かないような頑固さだと、ルイズは半ば感心していた。 ルイズは思う。 そのひたむきな忠誠心には頭が下がるが、どうしてその心遣いを他の人間にも見せてやらないのやら、と。 DIOに対するそれの、千分の一でもいいから他人に示すべきだ。主に私に。 チクショウあのメイド、一体どういう了見なわけ? 私はDIOの主人、マスター、御主人様なの。 つまり私はDIOより偉いのだ。アイアムナンバーワン。そこらの貴族とは、ワケが違うのよ。 こちとらちゃきちゃきのトリステイン生まれの公爵っ娘なんだから。……てやんでぇ。 と、そんなこんなで大分シエスタ論評にも熱が入ってきたルイズに、ワルドが声をかけてきた。 「ルイズ、良いのかい? 君の使い魔のメイドはああ言っているが……」 「えぇ、えぇ、良いのよ。ほっといてあげて。 寧ろ、アイツと相部屋にしたら、ギーシュが可哀相だわ」 ルイズは諦めたように手を振ってワルドに応じた。 ワルドはまだ納得していない様子だったが、DIOの傍で突っ伏しているギーシュをチラリと見て、その惨状に溜め息をついた。 気を取り直し、ワルドは、ルイズに鍵を差し出す。 「僕とルイズは同室だ」 ルイズは弾かれたようにワルドの方に振り向いた。 「婚約者だからね。当然だろう」 「でも私たち、まだ結婚しているというわけではないのよ?」 ワルドは首を振って、ルイズの肩に手を置き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」 肩に置かれたワルドの手に、力が籠もる。 いつになく真剣なワルドの視線に、ルイズは渋々了承することにしたのだった。 こうして、ルイズはキュルケに冷やかされながらも、ワルドと一緒に部屋へと消えていった。 ルイズの姿が消えた後もキュルケは暫く一人で何やら楽しんでいたが、やがて飽きたのか、タバサを引き連れて割り当てられた部屋へと消えていった。 DIOとシエスタも、さっさと部屋へと消えてしまい、ロビーに残ったのはギーシュ一人となった。 しかし、今のギーシュにとってはそんなことはどうでもよく、寧ろ一人になれただけ好都合だとも思っていた。 暫くテーブルに突っ伏して、時々思い出したように酒を呷る。その繰り返し。 「僕は…うぃっく! ……トリステインの薔薇なんだ。 ひゃっく! 薔薇は皆を…楽しませるために存在するのであって……えっく! ……決して一人のレイディのためにあるわけでは……!!」 アルコールが回り、酩酊状態に陥ったギーシュの脳裏に、これまで付き合ってきた(遊んできたとも言う)女生徒の顔が、泡のように次々と浮かんでは消えていった。 それは一年生のとある生徒の顔であったり、上級生である三年生の生徒の顔であったり、思い出す限り様々であった。 やがて、一年生のケティという女生徒の顔が浮かんで、消えていった。 そして最後に…………モンモランシーの顔が浮かんだ。 見事な金髪を縦ロールにした、トリステイン生まれであることを別にしてもなお勝ち気と言えた、けれどやはり可愛らしかった同級生の少女。 不思議なことに、いくら酒を飲んでも、ギーシュの頭からモンモランシーの顔が拭い去られることはなかった。 その理由がわからないことが、ギーシュの苛立ちを加速させる結果となり、ギーシュはますます酔いつぶれていくのであった。 しかし、例えやり切れない思いに限りはなくとも、酒には限りがある。 とうとう最後の一本を飲み干してしまったギーシュは、名残惜しそうに溜め息をつき、 やがて諦めたようにロビーを後にして、割り当てられた自分の部屋へと向かったのだった。 相方のいないダブルルーム。何だか今の自分にはピッタリではないか。 部屋に続く階段を、フラつく足取りで一歩一歩上がりながら、ギーシュは皮肉げに笑った。 いつから自分はこんなに厭世的になってしまったのだろうと、激しい自己嫌悪に陥りつつ、ギーシュはドアノブを回す。 おかしなことに、鍵はあいていた。 普段のギーシュだったら、あるいはほんの少しくらいなら疑ったかもしれなかったが、何しろ今は酔いつぶれている状態である。 夢と現の区別もついていない彼には、なぜ部屋の鍵があいているか、なんてどうでもよかった。 倒れ込むようにして部屋に入るギーシュ。 「お疲れ様でございます、ミスタ・グラモン」 部屋の鍵があいていた原因が、目の前にいた。 いつものメイド服こそ脱いで、寝間着に着替えてはいるが、 澄ました態度を崩さぬ目の前の少女は間違い無くシエスタであった。 「あぁ……君か。 ……どうしてこの部屋にいるんだ? 主人のところにいなくていいのか」 「DIO様は既にお休みになられました。 わたくしのような者が、あの方と同じ御部屋で一夜を明かすなど、許されないことです。 従って、不躾ながら相部屋を仕ることになりました」 普段のギーシュだったら、『貴族が平民と同じ部屋で寝られるか!』くらいの文句は言っていただろうが、 今現在無気力状態にあるギーシュは、何も言わずに自分のベッドに倒れ伏した。 飲み過ぎで判然としない頭を持て余しながら、ギーシュは横目でシエスタを見た。 「君は随分とあの男に忠実なんだな……」 酔った勢いか、気がつけばギーシュはそんなことを口走っていた。 返事など期待してはいなかったが、意外なことに、シエスタはいつもの真面目な顔をギーシュに向けた。 「それがわたくしの仕事であり、唯一の幸せでもあるのです」 ギーシュはフンッと鼻で笑った。 他人に従うことが幸せであるなどと、貴族である彼には到底理解できなかったからだった。 「本当にそれが君の幸せなのか? あの男の命令にほいほい従うことが?」 「幸せの在り方とは、人それぞれで御座いましょう。 ある人の幸せが、別の人にとっては不幸せである、などという話はよくあるでしょうし」 事務的なシエスタの回答だったが、何故か彼女の言葉はギーシュの胸を打った。 「幸せ、か……」 ギーシュは思い出す。 さっき飲んできたワインよりもはるかに濃厚だったこの一日を。 その始めに見たモンモランシーは、まさに幸せに包まれていたようにギーシュには映った。 モンモランシーのあんなにも輝いた表情を見たことは、少なくとも学院に入学してからの二年間、ギーシュは見たことがなかった。 ということはあれが、彼女の幸せなのだろうか? あの男の傍にいることが……。 ギーシュには全く分からなかった。貴族として生きてきたせいもあり、ギーシュは他人の立場に立って考えるということが絶望的に不得意だった。 しかし今回、何の因果か、ギーシュはそのことについて考えてみる機会を得た。 ……では、自分にとっての幸せとは、何なのだろう。 そう考えて直ぐに頭に浮かんだのは、自分と同じく好色な父の教えでもあり、己のモットーともいえる言葉であった。 『グラモンの男たるもの、常に多くの女性を楽しませる薔薇であれ』 ギーシュは今まで、このモットーに沿って行動してきた。 色々な女の子にモーションをかけてきたし、女の子を巡って、男子生徒と決闘の真似事をしたことも多々あった。 そうしていた頃の自分は凄く楽しかったし、満たされてもいた。……幸せだった。 だが、それに巻き込まれた他の人は、幸せだったのだろうか。 そう考えて、ギーシュはハッとなった。 多くの人を喜ばせるのが己のモットーだと思っていたが、その実は自分の欲望を満たすことしか頭になかったのではないだろうか。 ケティの涙を思い出す。 何人もの女の子をとっかえひっかえにすることが、どれだけ女の子の尊厳を傷つけるか、自分は理解していなかったのではないだろうか。 ただ自分のモットーが満たされればそれでよかっのでは? 本当に他人を喜ばせるということがどういうことなのか……自分は分かっていなかったのだ。 ルイズほどではないが、それなりにプライドの高いギーシュにとって、それは認めたくない事実であった。 しかし、モンモランシーとの一件が、彼を幾分謙虚な気持ちにさせていた。 「僕は……自分勝手だったのかな?」 不安げな口調で問うギーシュに、シエスタは首を横に振った。 「わたくしの口からは申し上げかねます」 「そうだろうね。少し意地が悪い質問だったよ」 貴族であるギーシュに対して、平民のシエスタが、『あなたは自分勝手です』なんて言えるはずもない。 場を繕って否定して見せても、白々しく見えるだけだ。 ギーシュは珍しく、シエスタの立場を鑑みていた。 「ですが……」 「?」 「間違っているとお思いなのでしたら、自分を変えてみるのも一つの方法かと存じます」 「ハハ……それができたら苦労はしないよ」 自分を変えるということは、つまり、今までの生き方を捨てるということである。 たった一人の女の子のために、これまでの楽しい暮らしを投げ出して未知への一歩を踏み出すには、ギーシュはまだ若すぎたし、臆病すぎた。 (幸せ、か……) ギーシュはひとしきり笑った後、やがて瞑目して、夢の世界へと旅立っていった。 ――――――――――― 深夜の『女神の杵』亭。 殆ど全ての客が各自室に引っ込んだ今、扉の連なる廊下は人けが無く、静寂が支配している。 その静寂というルールを破らぬようにして、廊下を進む一人の少女がいた。 トリステインではまず見かけない蒼色の髪に、自身の身長よりも大きな、節くれ立った杖を持つ彼女の名は、タバサといった。 キュルケが寝込んだ隙をついて、こっそり部屋を抜け出したのであった。 スルスルと、物音一つたてずに廊下を移動する様子は、実に手慣れたものであった。 気配も殆ど感じさせない彼女の存在は、誰にも気づかれまい。 やがて、タバサは一つの扉の前でその歩みを止めた。 廊下に扉は数多くあったが、その一つだけは何とも異様な雰囲気を放っていた。 DIOの部屋であった。 シエスタが用意したというその部屋は、一人だけで使用するには些か豪華過ぎるものであった。 本来なら、相応の煌びやかな空気を醸し出してくれるはずの豪華な扉は、 獲物を待ちかまえて、大口をあけている化け物のように、タバサには思えた。 ならば、今ここに立っている自分は、獲物ということになるのだろうか? 心の片隅で浮かんだ嫌な想像を無理やり抑え込んで、タバサは自分の杖をギュッと握りしめた。 タバサがキュルケとともにラ・ロシェールくんだりまで来たのには、もちろん理由があった。 その理由のために、こっそりDIOの部屋に向かったタバサだったが、 この扉の向こうにDIOがいると思うと、自然と浮き足立ってしまうのだった。 「…………………」 暫くDIOの部屋の前で逡巡したのち、タバサは深呼吸をした。 会う前から、場の空気に飲み込まれては駄目だ。 決心したタバサは、それでも恐る恐るといった仕草でドアをノックしようと手を伸ばした。 だがその瞬間――――― 『何を迷う』 おどろおどろしく扉の向こうから響いた声に、タバサはぎょっとした。 慌てて扉から数歩距離をとる。 全身から嫌な汗が吹き出してきた。 すぐにこの場を立ち去るべきだと、全身が警告を発していたが、 タバサは一歩も動くことができなかった。 気がついたら扉の方に意識を飛ばしている自分がいた。 この扉をあければ……。ゴクリと唾を飲み込む。 『どうした、早く入ってくるがいい』 だが、再び響いた身の毛もよだつ声に、抑えきれなくなったタバサの感情が爆発した。 自分はさっきまで、何ということをしでかそうとしていたのだろうか。 「…………いや!」 耐えられなくなり、次の瞬間タバサは駆けだしていた。 誰かに見られるかもしれないなんてことは、頭から吹き飛んでいた。 幸運なことに、バタバタと騒がしく廊下を走るタバサに気づいた客はいなかった。 自室に戻ったタバサは、そのままの勢いでベッドに飛び込み、布団を被った。 しかし、どれだけ物理的に離れていようが意味はなかった。 精神面から襲い来る何かに、タバサは少し震えた。 夜にアイツに会うのは駄目だ。夜に来たのは間違いだった。夜は取り返しがつかなくなる。夜は駄目だ。 夜は………………………………………… ……………………………けど、昼なら? 理性が感じる恐怖とは裏腹に、タバサの心は確実にDIOを求めていた。 to be continued……
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所変わってこちらはルイズの部屋。 貴族相手の『女神の杵』亭でも、上等な部類に入る部屋(最上級の部屋は何故か先約を取られていた)を取ったワルドは、 テーブルに座ると、ワインの栓を抜き、二つあるグラスにそれぞれ注いだ。 「君も一杯やるといい」 テーブルについたルイズは、差し出されたグラスをチラリと見たが、片手でそれを押しやった。 ワルドはすこぶる寂しそうな顔をして、グラスを飲み干した。 「使い魔君のグラスは取るのに、僕のグラスは受け取ってもらえないんだね」 「やめてよ、子供みたいなこと……。 私は貴方のことを信頼しているわ。それで十分じゃないの?」 「まさか……十分とは言えないよ」 ワルドはルイズの小さな顎をくいと持ち上げた。 視線が絡まる。 「君を振り向かせてみせる。そう約束したじゃないか」 ワルドの瞳を真っ向から見返し、ルイズは静かにワルドから離れた。 「私は、大事な話があるっていうからここにいるのだけれど……?」 あくまでつれない態度を崩さないルイズのセリフに、ワルドは途端に真面目な顔つきになり、ルイズから数歩離れた。 「君の使い魔……彼はただものじゃあない。僕には分かる」 またDIOの話かと、ルイズは思った。 この頃は、どいつもこいつも口を開けばDIOの事ばかり話しているように思え、ルイズは複雑だった。 実際にはそんなに会話には上ってはいないのだが、朝のモンモランシーの様子が強烈な印象となって脳裏に焼き付けられていたせいもあり、ルイズは過敏になっていた。 それを表に出すのは……貴族らしくないことは重々承知してはいたが。 「そんなこと、嫌ってほど分かってるわ。 アイツ人間じゃないもの」 ついつい返答がぶっきらぼうなものになってしまわずにはいられなかった。 内心後悔しているルイズに、ワルドは首を横に振って見せた。 「違う、そういう意味じゃない。彼の左手に刻まれているルーンだ。 まだよく見ていないから断言は出来ないが……あれはひょっとすると、『ガンダールヴ』のルーンかもしれないんだ」 「ガン…ダールヴ……?」 「そう、『ガンダールヴ』。 かつて始祖ブリミルが使役したと伝えられる使い魔さ」 突然の話に、ルイズは間の抜けた返事をすることしかできなかった。 しかし、呆気にとられたルイズとは対照的に、ワルドは何故か興奮した様子で語る。 そんなワルドの瞳は、鋭いナイフにも似た危険な光を放っていた。 「使い魔は主人と似た性質を持った者が現れる、というのが通説だ。 ……もし彼がそうだとしたら、君はそれだけの力を秘めたメイジということになるんだ」 真面目な顔をして伝説の話をするワルドに、ルイズは段々ついていけなくなった。 ブリミルが使役したとワルドは言うが、例え事実であっても、それは六千年も前の話なのだ。 遡ること六十世紀である。 そんなものが現代に甦りましたと言われてすぐに信じ込むほど、ルイズは信心深くはなかった。 あるいはガリアの神官だったら、泣いて喜ぶくらいのことはしたかもしれなかったが。 「眉唾物ね。 はいそうですかと鵜呑みにできない話なのは、あなたもわかってると思うけど」 「僕は至って真面目だ。以前王立図書館の文献で見たんだ。 」 間断無く断言してきたワルドに、ルイズは言葉に窮する形となった。 気圧された、と言ってもよいだろう。 それくらい、今のワルドは野心に満ちた目をしていた。 「昔の君も、どこか他のメイジ達とは違う空気を纏っていたが、今の君はそれ以上だ。 底知れないオーラが放たれ始めている……。凄まじい力の迸りだ」 「僕とて並みのメイジではない。だからそれがわかる」 興奮を隠しもせずにまくし立てワルドは再びルイズに迫った。 「た、確かにあいつが凄いのは認めるわ。 でも、それはただ単にあいつが凄いのであって、あいつが『ガンダールヴ』だから、ってわけじゃあないんじゃないの?」 焦ったルイズは、方々に視線を彷徨わせながら、その場しのぎをすることしか出来なかった。 だが、そのルイズの言葉に、ワルドは我が意を得たりとばかりに微笑んだ。 「そうかい? なら、僕はそれを確かめたい。この目でね」 ―――――――――――― 翌日、まだ日がようやく登ったばかりという時に、ワルドは一人廊下を歩いていた。 何事かを秘めたその瞳は深く鋭い色を放ち、道を行く足取りは、目的地に近づいてゆくにつれ重くなっていくばかりだった。 しかし、彼は彼の望むものを手に入れるためにも、その足を止めるわけにはいかなかった。 やがて、一つの部屋の前でワルドは歩を止めた。 それは、『女神の杵』亭で最も上等な部屋であり、昨晩ワルドが借りようとしたが、既に先約を取られていた部屋であった。 その部屋に泊まっている人物の名前をロビーで聞いたとき、ワルドは我が耳を疑うと同時に、やり場のない怒りを感じたものだった。 しかし、幸いにもその怒りが、部屋の中から放たれてくる異様な空気に耐える力をワルドに与えていた。 ワルドは決心するように深呼吸をすると、扉をノックした。 幾ばくかの沈黙の後、やけにゆっくりと扉が開かれ、いつものメイド服に身を包んだ少女が姿を現した。 その少女の姿を見るや、ワルドは心持ち体を仰け反らせてしまう。 昨晩、顔色一つ変えずに盗賊を何人も惨殺した人物……シエスタに、ワルドは苦手意識を感じていたのだ。 「どのようなご用件でしょうか、ミスタ・ワルド」 まさかこんな朝早くからメイドが出てくるとは露とも思っておらず、出鼻を挫かれた形となったワルドだったが、すぐに気持ちを立て直すと、率直に用件を伝えることにした。 「あぁ、朝早くからすまないとは思うが、君の主人に会わせてはもらえないか? まだお休みであるというなら、時間を改めてからまた来るが……」 貴族と平民という関係であるにも関わらず変に下手な口調なのは、自分に自信を持っている証拠か、それとも苦手意識の表れか。 いずれにせよ、貴族特有の傲慢な態度を出さなかったことが功を湊したのか、案外すんなりと取り次いでもらえることが出来た。 入室を許可され、シエスタに続いて部屋に入ったワルドだったが、一歩部屋に足を踏み入れた途端、彼は自分の背中に氷柱を差し込まれたような寒気を感じて硬直した。 部屋に入る前から、その異様な雰囲気に鳥肌を立てていたが、扉の中と外ではその雰囲気の濃さは段違いだった。 重苦しく、絶望的で、息が詰まりそうな圧迫感が全身を包んだ。 思わずそのまま回れ右をして立ち去りたい衝動に駆られるが、雀の涙ほどのプライドで何とか持ちこたえる。 改めて一歩一歩ゆっくりと奥へと進むその足取りは、断頭台への階段を上る囚人のように沈痛だった。 やがて部屋の最奥に至ったワルドを、部屋の主であるDIOが薄い微笑みを顔に浮かべて迎えた。 「これはこれは、子爵。小鳥も目覚めぬ早朝に、一体何のようかな?」 急な訪問に対して、嫌な顔をするどころか、まるで待ちかねていたような口振りである。 「いや、こんな朝でしか話せないこともあるのだよ、使い魔君」 敢えてDIOを単なる使い魔としか認識していない振りをするワルド。 ワルドよりも頭一・五個分は背の高いDIOの視線が、自然と見下ろしたような形であり、 それが段々ワルドの自尊心を刺激し始めたからだった。 再びこの息の詰まるような部屋の空気に飲まれてしまう前に、ワルドは勢いに乗せて話を進めることにした。 「君は伝説の使い魔、『ガンダールヴ』なのだろう?」 「…………?」 単純明快なワルドの問いかけだったが、しかし、DIOは心当たりがないと言わんばかりに眉をひそめただけである。 それらしい反応を返してこないことに、ワルドは焦ったような素振りを見せた。 「『ガンダールヴ』! 君の左手に刻まれているルーンのことだ! 学院長のオスマン氏などから聞かされていないのか?」 あのオスマンなら十分ありうるという事実に、ワルドは言い切ってから気がついた。 本当に知らないのかもしれないと、不安になったワルドだったが、 オスマンの名前を聞いて、DIOはようやく何かを思い出したような顔をした。 「あぁ、『ガンダールヴ』か。 確かにオスマンとやらがそんな単語を口走っていたな。忘れていたよ」 ホッとするとともに、ワルドは少し落胆した。 ルイズも、この使い魔も、伝説の『ガンダールヴ』に対して全く興味を示していないからだった。 自分一人だけが舞い上がっているような錯覚に陥り、非常に気まずい。 「う、うむ。思い出してくれて何よりだ。 ……とにかく君はその腕前を以て、あの『土くれ』のフーケを撃退した。 これは事実だ」 「撃退ときたか、フフフフフ………いや失礼、ハハハ……」 『撃退』という部分を聞いた途端、DIOは何とも面白そうに笑い出した。 その理由が分からないワルドは、おかしそうに笑うDIOに首をかしげるだけだった。 DIOのひとしきりの笑いに区切りを見た後、ワルドは咳払いをした。 「……ゴホンッ。 そこでだ。あの『土くれ』を追い払ったほどの君の腕前に興味が出てね。 実力を知りたいのだ。手合わせ願いたい」 その一言で、笑みを浮かべていたDIOの顔が、見る見るうちに冷たくなっていった。 同時に、ともすればこの場で即座に襲いかかってきそうなほどの敵意が、背後からワルドに突き刺さった。 確認するまでもない、シエスタだろう。 反射で背後を向いてしまわぬように、ワルドは全力を傾けた。 前門のDIO、後門のシエスタである。逃げ場など無い。 「何かと思えば決闘の真似事か……このDIOに対して」 「……その、通り」 血のように赤く、液体窒素のように冷たい瞳がワルドを射抜く。 いつのまにか固く握りしめていた拳が、汗でじっとりと濡れていくのを感じつつ、ワルドはDIOを見返した。 DIOは暫くワルドを睨んでいたが、ふと何かを思いついたような顔をして考え込み始めた。 ワルドにとっては胃に悪い沈黙が続いたが、やがてDIOは顔を上げ、了承の意をワルドに示したのだった。 「うむ、いいだろう。 この決闘は、お互いを深く知る良い機会になるだろうからな」 その時のDIOは、先程の渋い顔とは打って変わった、清々しいものであり、かえって不気味ですらあった。 しかし、何か嫌な予感を感じても、これは自分が選んだ事である。 そうそう容易く裏をかかれるような事態には陥らないだろうと踏んでいた。 DIOの了承を受けて、ワルドは決闘の段取りを伝えた。 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦でもあったんだ。 中庭に練兵場がある。私はそこで待っているから、準備が整い次第、いつでも来たまえ」 そう言い残して、ワルドはDIOの部屋を後にした。 シエスタの刺すような視線のせいで、部屋を出るまでのわずかな距離がやけに長く感じられた。 やっとの思いで部屋を出て扉を閉めた後、ワルドは知らず知らずのうちに深い溜息をついていた。 DIOの部屋の中での圧迫感のせいで締め出されていた酸素を、 必死で取り戻すかのようでもあった。 ワルドは呼吸を落ち着かせた後、ひとまずは自分の思い通りに事が運んだことを喜んだ。 DIOと立ち合い、『ガンダールヴ』の力を引き出し、その上でDIOの力の限界をルイズに見せつけるという筋書きである。 だが、彼の画策した決闘劇が、思いも寄らぬ方向へ逸れていくことになるとは、思いも寄らなかった。 二十分後、約束の場所である『女神の杵』亭中庭の練兵場。 そこでワルドの前に立ち塞がることになったのは、メイド服に身を包み、無表情ながらも焦げ付くような闘志を身に纏う、シエスタという少女であった。 「これは……一体どういうつもりだ?」 to be continued……
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ワルドの叫びを背景に、シエスタは幾分離れた場所で体勢を立て直し、ムクリと起きあがった。 見る者に清潔感を与えるはずのメイド服は、地面を盛大に転がったせいで、 目も当てられない様相を呈していた。 服の所々が擦り破れ、埃にまみれている。 しかし、シエスタは服を払うどころか、一瞥すらしなかった。 今は戦いの真っ最中。服を気にしている余裕はない。 シエスタの放つ空気が、そう物語っていた。 「ぐぬぬぬぬぅ……ギッッ!!」 己のひしゃげた右腕を庇いつつ、ワルドは低く唸った。 呼吸は荒く、顔面に滲み出た汗がボタボタと地面に滴り落ちる。 先程の一撃で体中が痺れているという事実に、ワルドは今更ながら戦慄した。 (バカなッ……! こんな非常識……死、死んでしまうぞッ……! こんなの有り得るか!!) 彼女の腕力に予め気付いていれば、それなりの対処も出来ただろうが、 あの小柄な体格で、こんな非常識な馬力を出せるなど、誰が想像できようか。 正直な所、彼はシエスタを見くびっていた。 その代償は大きい。 幸いに杖は無事だったが、杖と腕、どちらを折られたとしても、 平民にやられたとあっては、大変な不名誉になることに変わりはない。 自然、彼を襲う身を裂くような痛みは、そっくりそのまま怒りに変わることになる。 視界がグニャグニャと歪み、赤のランプがチカチカ灯っているが、それらを気力で封じ込め、 ワルドは捻り曲がった右腕から杖をもぎ取り、左手に持ち替えた。 絶望的なまでの筋力差を見せつけられても尚、彼の心は勝利へと向けられている。 それどころか、腕を折られたことで、彼の中の凶暴な部分が目を覚ましたようでさえあった。 ワルドの目に一瞬狂気の色が浮かぶ。 ルイズがこの場にいることなど、頭から吹っ飛んでしまったようだ。 「うぉ……おのれ! この動きが見切れるかァ!!」 たった一撃が致命傷になりかねない相手に対して、ワルドは敢えて近づいた。 離れた距離を活かして魔法攻撃に専念するのが最善なのだが、 接近戦でシエスタを打ち負かさないことには、ワルドの気は収まらないのだ。 左に持ち替えた杖を複雑に動かしてフェイントをかけつつ、ワルドはシエスタ目掛けて疾駆した。 右腕が使えなくとも、彼の技巧は些かも衰えない。 予測し難い複雑な杖の動きは、さながら無数の毒蛇である。 それに対しシエスタが繰り出すのは、左右交互の連撃。 その悉くが夜の帳よりも冷たく、重い。 しかし、シエスタの拳がワルドを捉えることはなかった。 風が雨の間を潜り抜けるように、ワルドにかわされてしまう。 拳の合間を縫ったチクチクとした攻撃が、嘲笑うかのようにシエスタの全身に刻まれていった。 「ウリャアッッ!!」 痺れを切らしたのか、その動きを読み切れないまま、シエスタは空間ごと抉り取るかのようなアッパーカットを放った。 が、惑わされたままの闇雲な一撃が当たるはずもない。 大振りのアッパーカットの先にワルドの姿はなく、ワルドは素速くシエスタの側面に回り込んでいた。 「速さなら負けはしない。 僕の二つ名は『閃光』だ」 「……!!」 がら空きになった脇腹に杖がめり込み、シエスタは再び地面を転がった。 威力・速度・タイミング、いずれも申し分ない、絵に描いたようなカウンター。 肋骨の二、三本も折れたかもしれない……折るつもりで、ワルドは攻撃した。 立てるはずがない。 立てるはずがないのだ、常人なら。 そう確信している上で、未だにワルドが杖を収めていないのは、 彼が既にシエスタを常人と見なしていないことの表れだろう。 鈍痛を放つ右腕に顔をしかめながらも、ワルドは余裕を取り戻した口調で話しかけた。 「まるでトロル鬼のような……パワー。 ……マンティコアのような瞬発力。 ぬぐ……。見てくれ、この腕を。 直ぐに『水』のメイジに診てもらわなければならないよ。 全く、驚いた。 だが惜しむらくは、君は戦い方がズブの素人だということだ。身体能力を活かせてない。 これ以上は無益だ。降参したまえ、メイド君。 さもなくば、もっと痛い目を見ることになる」 『降参』の一言を耳にするや否やであった。 立てるはずのないシエスタが、瞬時に跳ね起きた。 どういうわけか、あれだけ動き回ったにも関わらず、彼女の呼吸は全く乱れていない。 未だ肩で呼吸をしているワルドの脳裏に不安がよぎったが、それは杞憂であった。 シエスタの脇腹に刻まれた打撃痕が、間違い無く彼女の動作の支障になっているのが見て取れた。 常人離れしている化け物とはいえ、ダメージの蓄積は人並みらしいことに、ワルドは少なからずほっとする。 その一方でシエスタは、唇から垂れる鮮血を片手でやや乱暴に拭い、訥々と同意を示した。 「…………そう、その通りですわ。 取り立てて才能の無い一般人『だった』せいもあり、 わたくしには戦いに必要な技術的要素が欠落しています」 「特にあなたのように技量のある貴族相手では、それが露見してしまうのは当然でしょう。 今のわたくしでは、貴方に勝つのは難しい」 それは、シエスタなりに第三者的見地に立って考えてみた末の結論だった。 いかに生物的に人間を上回っていても、積み重なった人間の技術に敗れ去ることが有り得るという現実を、 シエスタは今実感していた。 最初こそワルドの油断につけ込めたが、もう彼には力任せな攻撃は通用しないだろう。 加えて、先ほどの流麗なな杖捌き。 がむしゃらに足掻いても、まさに柳に風だ。 シエスタは負けるわけにはいかない。 が、『今の』自分にはそうした粗雑な攻撃しかできないのはどうしようもない。 なら、どうするべきか。 シエスタは考える。自分の主の事を。 何故、主は敢えて自分をワルドと立ち会わせたのか。 その意味を。 「さぁ、参ったと言うんだ。 これ以上女性を痛めつけるのは、僕としても心が痛む」 ワルドが急かす。 だが、シエスタはそれをまるっきり無視した。 (…………………………) 俯いたまま暫くの間無言で考えた後、シエスタは何かに気づいたのか、はっとした顔になった。 「…………わかりましたわ」 「降参、する気になったかね?」 シエスタの独り言を都合よく捉えて、ワルドはふっと肩の力を抜きかけた。 「いいえ、子爵様。 申し訳御座いませんが、もう暫くお付き合い願います」 シエスタは再びゆっくりとファイティング・ポーズをとる。 自分の意に沿わぬ返答を受け、ワルドは不快感も露わに呪文を唱え始めた。 ―――――――――――――― 「で、そろそろ説明してくれるんでしょうね?」 ワルドの右腕がオシャカにされるのを見届けてから、ルイズは隣に佇む自分の使い魔に声を掛けた。 完全に蚊帳の外に置かれていたせいもあり、彼女の口調は若干キツいものになっていた。 シエスタとワルドを挟んで、ちょうど向かい側にいたはずのDIOは、 いつしかルイズの側に移動している。 彼は四六時中無駄にオーラを放っているので、ルイズは嫌でも近付いて来るのがわかった。 DIOの接近が分からなくなるのは、彼が意味不明な超能力を使ったときだけだ。 「今回、シエスタをあの子爵に焚き付けたのには、いくつかの意図があってのことだ」 すんなりと口を開いてきたことに、ルイズは正直ビックリした。 この使い魔は、そう簡単に自分の企みを話したりはしない。 散々っぱら弄ばれ、気がついたら完全に彼の掌の上――という方向に持っていくタイプなのだ。 それをこうも易々とひけらかすとは考えにくい。 ということは、むしろこの場合、 私も聞いておくべきだと思っているからこそ、話していることになるのだろう。 ルイズは心持ち身構えた。 「シエスタは私のメイドになってからまだ日が浅い。 つまり、経験が不足しているのだ。圧倒的にな。 だから、あの子爵と戦わせることでそれを補わせる」 「ふぅん。案外使用人思いね」 「幸いにもあの子爵は、メイジとしても、武人としても、それなりに道を修めているようだ。 まさに打ってつけというわけだ」 それだけじゃないでしょう、と視線でコンタクトを取ると、DIOは頷いた。 「無論、私にとってもこの方が好都合なのだ。 この世界の『魔法』には、色々系統があるそうじゃないか。 私は極力それら全てを目で見て、知っておく必要がある。 ……骨を折らずにな」 「意外ね。こういうのは、あんたは自分でやると思ったんだけど」 「私が療養中だと言ったのは、あながち嘘ではない。 それにだ、私が本当に『人』と張り合うとでも思ったのか、ルイズ?」 ニヤリ……そうとしか形容しようのない笑みを浮かべて、DIOはルイズを見た。 「思うわ」 ルイズは頷いて答えた。即答であった。 DIOの言葉を真正面から斬って捨てて断言してくるルイズに、DIOの笑みが消える。 その代わりに、氷より冷たい無表情が浮かんだ。 「……ほう、何故だ?」 「だってあんたってヘンに子供っぽいところがあるもの。 負けず嫌いと言い換えてもいいわ」 「……………………」 「私と一緒ね」 今度はルイズがニヤリと笑う番だった。 「……フン、何を血迷っている。 そもそも私と人間どもとでは、強さの次元が違う。 私と、私のスタンド『ザ・ワールド(世界)』は、あらゆる点に置いて別格なのだ」 自信たっぷりに言い切るDIOに、ルイズは今度は危険性を感じた。 負けず嫌いなのは大いに結構である。 自分もそうであると自覚している以上、ルイズにそれをどうこう言う資格はない。 だがこの使い魔は、負けず嫌いの性分がプライドと直結しているようである。 それが自らのとてつもない(?)力と相まって、しばしば他人の力を過小評価させてしまうようだ。 その点が、こいつの致命的な欠点と言えるかもしれない。 それを矯正してやることが、自分の役割であるようにルイズには思えて仕方がなかった。 何故かは知らないが、妙な目的意識に駆られてしまう。 ルイズは自然と口を開いていた。 「確かにあんたは強いかもしれないけど、あんたの場合はもう少し…… ……ホントーに少しでいいから、謙虚な心構えを持った方がいいと思うの。 もう足を掬われないためにも、ね。 私の言ってる意味、分かるでしょう?」 DIOがジロリ、とルイズを見下ろした。 「このDIOがか?」 「どのDIOでもいいから、何とかしなさい。 今後の課題! わかった?」 「…………フン」 釈然としない不満げな返事だったが、ルイズはそれ以上に念を押すつもりはなかった。 DIOはプライドが高くて自己中だが、決して愚かではない。 きっと自分の意志を酌んでくれると、ルイズは分かっていた。 ――何故なら、DIOと自分は似ているから。 だから、分かる。 ルイズは頭ではなく、心で理解していた。 (私にも、力があれば……) そうこうしているうちに、ワルドの風魔法が、シエスタを横殴りに吹き飛ばした。 エアハンマーの魔法。ワルドの本領発揮だ。 「あちゃあ、あれは痛いわ。 …………ま、いい気味ね。せいぜいのたうち回るといいのよ」 地に伏せるシエスタを遠くに見て、ルイズはサディスティックな笑みを浮かべた。 普段からルイズは、シエスタを好ましく思っていなかった。 それに、この任務の出発の折り、シエスタはルイズに『主人としてふさわしくない』と言ってもいる。 お互いウマが合わないのだ。 だから、シエスタがワルドにやられようがどうでもいい。 どうせならこの際だ、滅茶苦茶にやられてしまったほうが気分も良くなるというものだ。 (やれ、ワルド。そこだ。いけ。一息にやってしまえ。 引導を渡してやるのよ!) ルイズのリクエストに応えるかのように、ワルドは杖を操り、シエスタを追い詰めていった。 三次元的に攻撃され、流石のシエスタも避けるだけで精一杯らしい。 DIOに聞こえるように、ワザと大きな声で、ルイズはシエスタを嘲った。 「ハン! いくら化け物でも、所詮はメイドだったってことね。 防戦一方じゃない」 「いや、あれでいいのだ」 「へ? 何で?」 ルイズがきょとんとした顔を向けたが、DIOはそれに答えないまま、中庭の隅の方に視線を巡らせた。 暫くの間の後、DIOの視線はある一点で固定される。 DIOの笑みが更に深まったのを、ルイズは見た。 「席を外させてもらう。ほんの少しの間だけな」 「は? ち、ちょっと待ちなさ…… ……もう、勝手なんだから!」 言い終わるか終わらないかのタイミングで、DIOはパンパンと二度両手を打った。 ルイズにとっては、もうそろそろ馴染み深いものとなりつつある合図である。 果たして、目の前にいたはずのDIOの姿が忽然と消えた。 そのこと自体はあまり問題では無かったのだが。 「……う、ぐ…なに、こ、れ?」 不意に、違和感。 今存在している空間から他のどこかへ、一瞬投げ込まれたような。 モノクロの世界を見た気がした。 自分の立ち位置が酷く覚束なくなってしまった不安感に吐き気を催しながら、 ルイズは慌てて顔を上げた。 その先では、シエスタとワルドが、杖と拳を凄まじい速度で繰り出していた。 ついさっきと全く変わらない光景であるのだが、ルイズは首をかしげた。 あの気持ち悪さを感じた時、一瞬…………本当に一瞬だったが…… 二人の動きがピタリと停止したように見えたからだった。 まるで時でも止まったかのように。 自分でも要領を得ない感覚に、ルイズはDIOの行方を考える余裕を失ってしまった。 (…………気のせい、じゃない) まさかシエスタとワルドが、二人して自分をからかうなどという事をするはずがない。 しかし奇妙なことに、ルイズは先ほどの感覚が気のせいであると決め付けることが、どうしても出来なかった。 ルイズは首を傾げ、自分の掌を何度も何度も、握ったり開いたりしていた。 (どこかで知ってるような気がする……) そう、確かフーケ戦だ。 ―――――――――――――― 中庭でシエスタとワルドによる、しっちゃかめっちゃかな攻防が繰り広げられる中、 その戦いを、中庭から少し離れた柱の陰で静かに見つめる者の姿があった。 赤縁の無骨なメガネが、昇りきったばかりの朝日の光を跳ね返す。 その下には、冷たく感情を読み取れない暗い目、そしてその下に出来ている隈が、彼女の纏う暗鬱な雰囲気を増大させている。 名をタバサと言った。 彼女は昨晩ベッドに飛び込んでから、戦々恐々としたまま眠れぬ一夜を過ごしたのだった。 幸か不幸かタバサはそのお陰で、早朝中庭に向かう幾つかの人影を目撃する事が出来た。 最初は無視しようと思ったが、一行の中にDIOとシエスタの姿を認めるや否や、 タバサはまるで蜜に誘われる蝶のように、ふらふらと後を尾けて行ったのだった。 疲弊しきった見た目とは裏腹に、彼女の神経はアイスピックよりも尖っていた。 そしてその視線が捉えているのは、シエスタの一挙手一投足である。 「…………やっぱり」 魔法衛士隊隊長であり、そしてスクウェアクラスでもあるらしいワルドに対し、 身体能力的に大きな差を見せるシエスタの姿を見て、タバサ思わずそう呟いた。 あのメイドが、技術的にワルドに勝てないことは、タバサは何となく察知していた。 技術とは、年月を掛けた鍛錬を積んで初めて修得しうるものである。 ほんの少し前まで唯の少女だったシエスタに、それが備わっているのはおかしい。 タバサが注目していたのは、別の点である。 先程の独り言は、その点を改めて確認したことから生じた物であった。 この事実を、今日の内にあの男に問いただす必要が…… 「何が『やっぱり』なのかな、お嬢さん?」 あるはずの無い返事が背後から確かに投げかけられ、男の手が両肩にしっかりと置かれる。 タバサの全身が硬直した。 to be continued……
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「おや、『風』の呪文だね……うぷ…」 シエスタによる公開屠殺を強制的に見せられて、今にもゲロを吐きそうな顔をしていたワルドが、 青い顔をしたまま呟いた。 未だに鉄錆にも似た異臭が漂う死地に、ばっさばっさと翼を羽ばたかせる音が響く。 どこかで聞いたことのある羽音だった。 「シルフィード……だったかしら」 名前はともかく、確かにそれはタバサの使い魔の風竜であった。 重なりかけた月を背景に、悠然と空に浮かぶ幻獣。 そのシルフィードが、何故この場にいるというのか。 ルイズの疑問に応えるように、風竜はゆっくりと地面に舞い降りた。 場に満ちる死臭が、人間の何倍もの嗅覚を誇る風竜の鼻を襲い、 シルフィードは実に嫌そうな顔できゅいきゅい鳴いた。 その風竜の背には、主人であるタバサの姿。 パジャマ姿のまま、本を読んでいる。 さっきシエスタを吹き飛ばしたのは、タバサの『風』魔法だったのだ。 (お姉さま、ここクサい! シルフィお鼻が曲がっちゃうのね! クサい! クサい! ク~サ~い!) (……我慢する) そのタバサの後ろから、炎のように真っ赤な髪の女性が機敏な動作で飛び降りて、髪をかき上げる。 キュルケであった。 憎きツェルプストー。 ルイズの生涯のライバルであった。 「いくら礼節を弁えない者相手とはいえ、やり過ぎでなくて、ヴァリエール?」 後ろでヨロヨロと立ち上がり、頭を振っているシエスタを横目で見ながら、ルイズは肩をすくめた。 「あんたの夜の情事よりは幾分穏やかだわ。 ……で、どうしてここにいるわけ?」 「ッッ! …………朝方、窓からあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、気になって後をつけたのよ」 柳眉を逆立てて、キュルケは言い放った。 本当は助けに来たつもりだったのだが、ルイズの嫌味に対する反発心から、 つい無難な理由を述べたのだった。 しかし、良い所を邪魔をされたとあって、ルイズの嫌味は歯止めがきかない。 ウンザリした顔で、シッシッと追い払う仕草をする。 「おととい来て下さらないかしら、マダム? 大事な大事な男娼達が、首を長くして待ってるわよ? あら失礼、長くしているのは首じゃなかったわね……オホホホホ」 ほくそ笑むルイズ。 仮にも十八の乙女に対してマダム呼ばわりである。 これには流石のキュルケも腹に据えかねたらしい。目つきが据わってきた。 「言ってくれるじゃない、『ゼロ』のクセに……」 「…………何ですって?」 「何よ!」 バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人。 やがて、いつものように壮絶な罵りあいが始まるのであった。 売女! ナイムネ! 脂肪細胞の無駄遣い! 言ったわね!? 野蛮人! おチビ! 色狂い! 独り身! ツラに一発ぶち込むわよ!? ケツに一発食らわすわよ!? ………………………………… …………………………………。 あらかた罵倒のネタが出尽くしたところで、タバサが止めに入った。 彼女がその身長よりも大きな杖を振ると、二人の体が宙に浮かぶ。 "レビテーション"の魔法を使ったのだ。 「非常時」 ポツリと呟くタバサの言葉で冷静になったのか、二人は渋々矛を収めることにしたようだった。 大人しくなった二人を、タバサはゆっくりと地面に下ろす。 「……改めて聞くけど、どうしてあなたがここにいるの、ツェルプストー? 私たち、お忍びの仕事の最中なの」 「ふん、勘違いしないで。貴方を助けに来た訳じゃないの。 ……ねぇ?」 ルイズに対する渋い顔を一転、キュルケはしなをつくってワルドににじり寄った。 「おひげが素敵な紳士様。身を焦がすような情熱に興味はおあり?」 じりじりと近づいてくるキュルケを、しかし、ワルドは青い顔で押しやった。 「あら、どうして?」 「婚約者が勘違いしては困る。 それに……こんな場所で、そんな気にはとてもじゃないが……なれないな」 確かに、とキュルケは納得して頷いた。 辺り一面には、依然として濃厚な血の匂いが漂っている。 直ぐに危険な野獣が集まってくるだろう。 既に上空では、匂いに誘われてカラスやハゲタカが群を為し始めていた。 彼らは、地上にある今晩の食事をご所望であったが、シルフィードがいるために手が出せずにいた。 ギャアギャアという、彼等の愚痴にも似た叫び声が響くこの場所では、 とてもじゃあないがロマンチックな気分にはなれない。 ワルドの言うことは至極もっともであった。 そして、それにもましての驚愕の事実が、キュルケの興味を強く刺激していたのであった。 「なあに? ルイズ、あなた婚約者がいたの? よりにもよってあんたに?」 「いちゃ悪いの? それに、まだ私は結婚するって決めた訳じゃないわ」 驚天動地といった顔をするキュルケだが、以外や以外、ルイズはあんまり気にしていないようだった。 もっと顔を赤らめるなりして照れるかと思ったのにつまんない、とキュルケは思った。 最近のルイズは、やけに冷静……というより、冷徹なのだ。 さらには、以前はまだまだ希薄であったはずのルイズから感じられるオーラのようなものが、 洗練され、さらなる深みを見せているようにも思われた。 何というか、カリスマ? とでも言うのだろうか。キュルケはルイズから発せられるそれをうまく説明することが出来なかった。 ただ一つ明らかなのは、ルイズが本格的に変わり始めた原因はDIOにあるということであった。 今でこそ、短絡的な感情表現をしてくれることもあるが、それもいつまで続くのか分からない。 ルイズの行く末を案じるキュルケであったが、そんな彼女をよそに、 ルイズは運良く生き残った一人に尋問を開始することにした。 地面に情けなく横たわって気絶している男にルイズはドカドカと近寄り、容赦なく鳩尾を踏んづけた。 激しく咳き込みながら、男は意識を取り戻した。 ゆっくりと目を開いた男は、自分を見下ろしているルイズの姿を確認すると、 途端に取り乱した。 「た、助けて!! 許して! 俺はただ、雇われてただけなんだよぉ……!! 」 「ほらほら、五月蝿いわね……静かにしなさいよ、大人げない」 しかし、男は喚くのを止めない。それどころか、脇に立つシエスタの姿を目にするや、その叫び声を益々大きくしてゆくのであった。 ルイズは痛む頭に手をやり、ゆっくりと杖を取り出して男に突きつけた。 「黙れ」 首を吹っ飛ばされた仲間達の姿が、男の脳裏にフラッシュバックする。 男はピタッと静かになった。 「では、聞くわ。 あんたたち誰に雇われたの?」 「は、はい、ラ・ロシェールの酒場でメイジに雇われました……女です」 早くもアルビオンの貴族に気付かれたかと、ルイズは焦った。 しかし、思った通りこいつは唯の三下だ。 根掘り葉掘り聞いた所で、実りのある情報が得られる確率は絶望的といえた。 それでも、ルイズに対する恐怖からか、男の返事が素直そのものであったのが、唯一の救いだった。 余計な手間がかからずに済んだと思いつつ、ルイズは先ほどの戦闘で感じた疑問を男にぶつけた。 「じゃ次。 さっきの戦いで、どうして私だけ襲ったの?」 「雇い主にち、注文されたんでさぁ、へへ……。 緑色の髪をした、美人のメイジに言われたんです……。 桃色の髪をしたチビだけは絶対にこ、殺せって……。 胸がペッタンコだから、すぐ分かるって……。ヒヒヒ、本当にすぐ分かりましたよ」 「緑色? どっかで見たことあるような……。 それとあんた、一言多いわ。 こんど余計なこと言ったら、せっかく拾った命を無駄にすることになるわよ」 調子に乗りかけてニヤついていた男の顔が、再び凍り付いた。 ルイズはいったん振り返ってキュルケ達をチラリと見た後、男に向き直った。 「もう聞くことはないわ。あんたは用無し。 殺してやるつもりだったけど……フン、せいぜいキュルケに感謝しなさい」 どうやら、命だけは助けてやると言っているらしい。それを聞いた男の顔が少しだけ和らいだ。 希望に包まれ始めた男の顔は、ルイズにとって非常に神経に障るものであったが、この際我慢することにした。 何だかんだで自分はキュルケに弱い……この瞬間、ルイズはそのことを強く自覚した。 いずれは克服せねばならない課題だった。 そのためには理由を知る必要があったが、ルイズには何となくそれがわかっていた。 キュルケはルイズの姉に似ているのだ。 優しいカトレアに。厳しいエレオノールに。 そう考えてルイズは、ハッとなる。 基本的に姉には頭の上がらないルイズにとって、これはゆゆしき事態であった。 『ルイズは姉に頭が上がらない→キュルケは姉に似ている→ルイズはキュルケにも頭が上がらない』 こういうカラクリだから、キュルケはこれからのルイズにとって乗り越えねばならぬ障害足り得たということか。 ならば、ルイズの為すべきことは一つである。 キュルケを乗り越えるためには、まず二人の姉を…………。 自分は二人の姉を……どうするというのか。 そう考えるとモヤモヤしてくる自分の胸の内を誤魔化すように、ルイズは男を追い払った。 男は振り向くことなく駆け、やがてラ・ロシェールの夕闇に包まれていった。 「てっきり殺すと思ったが……慈悲深いじゃないか。 あのキュルケとやらに負い目を感じているのか?」 いちいち痛いところを突く使い魔だと、ルイズは思った。 人の心を纏う鎧の、ほんの僅かな隙間を縫って、中心に針を突き立ててくる。 ふてくされた顔で、ルイズは馬上のDIOを見上げた。 「……何なら、消してやろうか? 可愛い御主人様の為なら、はてさて……どうってことはない。遠慮するな」 DIOの悪魔の囁きである。 ここでYESと答えれば楽なのだろうが、ルイズは首を横に振った。 「いいえ、嬉しい申し出だけれど断るわ。 これは私とキュルケの……いえ、私だけの問題よ」 「そうか」 拍子抜けするほどあっさりした返事を残して、DIOはさっさとラ・ロシェールの街へと移動し始めた。 その後に、デルフリンガーを回収したシエスタがしずしずと付き従う。 だが、ルイズは遠ざかっていくDIOの馬を追いかけ、ひらりとその背に跨った。 突如として自分の後ろに飛び乗ってきたルイズに、DIOは振り向いた。 「私の馬、さっきの戦いで死んじゃったの。 だから、ラ・ロシェールまで乗せなさい」 そっぽを向いて一息に言い切ったルイズにDIOはニヤリと笑い、直ぐに前に向き直った。 DIOがルイズに見せた笑みは一瞬であったが、しかし、ルイズは見た。 DIOの目。 何もかもお見通しと言わんばかりのDIOの目は、確かにこう言っていた。 『キュルケを乗り越えるために、まず姉を殺せ』 殺す? 私が? エレオノール姉様と、カトレア姉様を? ………………………………。 ルイズは自分の杖をぎゅっと握り締めた。 両脇を峡谷に挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが、怪しく一行を迎えていた。 ―――ルイズ一行、無事にラ・ロシェールへ。 to be continued……